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治療や手術に先立ち、医師が患者に対して十分な説明を行う“インフォームド・コンセント”。日本の医療現場では、まだまだ徹底されていないのが現状のようです。今回はこの“インフォームド・コンセント”について、迫っていきます。
 皆さんもよく耳にする“インフォームド・コンセント”という言葉。ところが5年前に文化庁が調査したところ、この言葉の意味を理解している人は国民の19%しかいないという結果が出ました。現在ではもうちょっと認知度は上がっているでしょうが、その役割を正確に答えられる人はほとんどいないと考えられます。では、この言葉は一体どういう意味なのでしょうか? “インフォームド・コンセント”は直訳すると「説明を受けた上での同意」。つまり、自分の病気の状態や治療方法について、医師から十分な説明を受け、それらを理解した上で提示された治療方針に同意することをいいます。そもそも、インフォームド・コンセントはアメリカから生まれた考え方。1960年代に高まった、人種差別や女性差別に反対する権利運動の一環として「患者の権利」が主張されるようになり、その「患者の権利」の筆頭に挙げられたのが「医師から説明を受ける権利」だったのです。一方、日本の医療現場に”インフォームド・コンセント”の言葉が登場したのは、この10年くらい。日本ではこれまで、何より「患者を安心させること」が重視されていました。だから病状が重くても、危険な手術でも「大丈夫。私に任せなさい」と気休めを言うのが当たり前だったんです。こうした医師の気休めは“ムントテラピー(=言葉による治療)”と俗に言われています。インフォームド・コンセントにおいては、治療法や手術のリスクといったマイナス面も包み隠さず説明するのが絶対条件。が、その説明義務を無視して、患者に対し危険性などを十分に知らせない“気休め型”の医師が患者とのトラブルを引き起こすのです。
 こんな例があります。1992年、交通事故で負ったムチ打ち症の後遺症に苦しんでいたAさんが近くの市民病院で診察を受けたところ、椎間板ヘルニアで手術が必要と診断されました。「手術は99%の確立で成功する安全なものです!」という医師の言葉を信じ、Aさんは手術を受けることにしました。しかし、結果は失敗。脊髄の周りの血管を傷つけるなどのミスがあり、手術の後Aさんは両手両足がマヒ状態になってしまったのです。本人や家族に何の説明もないまま2度目の手術が行われましたが、病状は悪化の一途をたどり、Aさんは亡くなってしまいました。手術前、医師は安全性を力説していましたが、椎間板の手術に関する危険性などには一切触れることはなかったといいます。不用意に「安全・安心」を振りかざす医師のムントテラピーは、もはや「癒し」ではありません。ただの「まやかし」です。しかし、インフォームド・コンセントの意識がない日本の医療現場には、もっとタチの悪い医師が存在するのです…。
 それが、大切な事を患者に何も話してくれない“唯我独尊型”医師。生まれつき心臓の弱かった神奈川県の馬場恵美子さんは、11歳の時、心臓の権威と言われた大学病院に入院。検査の結果、「拡張型心筋症」と診断されました。主治医である教授は「薬で気長に治していきましょう」と説明。しかし、この「拡張型心筋症」は、確たる治療法がない病気。唯一、海外で心臓移植を受けることによって治せるかもしれないという希望がありました。しかもこの病院では、それまでに患者を海外の病院に送った実績もありました。が、教授はほかに手段があることを一言も説明しなかったのです。教授を完全に信頼しきっていた恵美子さんや家族は、薬による治療を受けることにしました。幸い恵美子さんの病状は落ち着き、その後退院。年に数回通院するくらいで、ほぼ普通の生活に続けていたのです。しかしその間、彼女の病気は悪化の一途をたどっていました。当然、病院側はその深刻な状況を知っていました。にもかかわらず、教授は詳しい説明をしようとはしませんでした。1993年7月、ついに恵美子さんは体の異常を訴え入院。ところが、その時にはもう彼女の心臓は手の施しようのない状態でした。3カ月後、恵美子さんは16歳という若さで息を引き取りました。恵美子さんの死後、初めて心臓移植の可能性を知らされた両親は「なぜそのことを話してくれなかったのか?」と、教授に説明を求めました。これに対し、教授は「移植手術は何千万円もお金がかかる。もし寄付を募って手術をやるとしたら、社会に迷惑がかかるから」と言い放ちました。つまり、僅かかもしれなせんが、命を救う可能性を知りながらそれを伝えず、「家を売ってでも娘を救いたかった」という両親の思いと、治療の可能性を自ら否定したのです。もしも十分なインフォームド・コンセントがあれば……。
 これら2つのタイプのほかにも、インフォームド・コンセントを無視する、身勝手な医師のタイプがあります。それは、患者の安全を無視して、自分のやりたい治療を強行する“人体実験型”の医師。手術や治療法の進歩は目覚しく、医師がそうした新しい知識や技術を身に付けようとする努力は素晴らしいことです。しかし患者の危険を顧みず、医師が暴走することは、無謀な人体実験であると言っても過言ではありません。安全性が確立されていない新しい技術に挑戦したいばかりに、患者に十分な説明を行わず、強引に手術に踏み切った、理不尽な医師の事例を紹介しましょう。
 1995年、愛知県在住のTさんは、県内の総合病院で肝臓ガンの手術を受けることになりました。本来ならば腹部にメスを入れ、がんを直接切り取るという開腹手術を行うのが一般的な方法ですが、Tさんに対して医師が選んだのは、腹腔鏡手術と言われる技術で、腹部を切らずに小さな穴を開け、そこに胃カメラのような小型カメラや手術器具を入れて、遠隔操作でガンを切り取る高等テクニック。当時、この手術方法は実績も少なく、安全性の保障のない危険な技術で、この病院でも過去に一度しかやったことがありませんでした。しかし、この医師は「安全な手術」だとウソの情報を伝えてTさんの同意を得たのです。ところが案の定、手術は難航。肝臓から激しい出血が始まり、やむなく普通の開腹手術に切り替えたたものの、時はすでに遅く…。翌日、再び止血のための手術を行いましたが回復できず、Tさんは亡くなりました。医師が危険な手術を強行した真意は分かりません。ただ、彼の選んだ手術が「患者のために最善策を選ぶ」という意識を欠き、インフォームド・コンセントを無視した決断であったことは確かです。“人体実験型”の医師は、患者を人として見ているのか……疑問は募るばかりです。
 現在、日本の病院は「3時間待ち3分診療」と言われるほど、患者と十分なコミュニケーションを取る時間的余裕がありません。そのため、インフォームド・コンセントをじっくりやるのは難しいという医療機関が少なくありません。そう考えると、医師や看護師が忙しすぎる現状にも大きな問題があるわけで、厚生労働省が中心となって、早急に制度やシステムを改善する必要があると言えるでしょう。
 しかし、そうした多忙な状況の中でも、十分なインフォームド・コンセントを心がける病院もたくさんあります。大阪・守口市のある病院では治療に先立ち、患者に「私のカルテ」と呼ばれる手帳を渡しています。その手帳に、医師と一緒に治療の内容や経過を書き込んでいきます。そうやって医師と患者がカルテの情報を共有することで、患者が自分の病気に関する知識を深め、関心をより一層持てるようサポートしているんです。患者自身が情報を書き込めば、インフォームド・コンセントを医師からの一方的な説明に終わらせず、医師と患者の共同作業という形の治療を進めることができます。また、鹿児島県のある病院は、乳がんなど女性の病気を専門に扱っていて、それだけに女性患者の精神的なサポートに重点を置いたインフォームド・コンセントを心がけています。大切なのは、その後のケア。特に、がん告知は患者にとってショッキングな宣告です。そこで、この病院では患者を精神的にサポートする女性スタッフ(保健師)が医師のインフォームド・コンセントを引き継ぎ、患者の気持ちを考慮しながらじっくり時間をかけて病状と治療について説明を行います。さらに“心の部屋”と呼ばれる個室を院内に設置。辛い時や泣きたい時に、患者さんが一人で落ち着ける場所として、いつも開放されているんです。
 こうした病院とは裏腹に、日本にはまだま正しいインフォームド・コンセントが行なわれていない病院が数多く存在しています。だからこそ、病院の説明が不十分だなと感じた時は、患者側からインフォームド・コンセントを求める必要があるんです。そこで、患者が医師から説明を受ける際には、次のことに気をつけて下さい。まずは、なぜその治療方針を選んだのかを、必ず聞くようにしましょう。そして、他に治療方法がないのかも確認。また、それぞれの治療法の副作用や、危険性をきっちり聞いておくことも大切です。そして説明を受ける際に、できれば「私のカルテ」のような手帳を用意することをオススメします。医師が話す情報を確認しながら、もれなく書き留める―――こうすることでインフォームド・コンセントを確実なものにすると共に、説明する医師側の緊張感を高めることができるはずです。
 番組ではインフォームド・コンセントを受ける際のチェックポイントを3つ紹介しましたが、もう少し補足したい点があります。私は著書「これで安心! 病院選びの掟111」(講談社・刊)の中で、インフォームド・コンセントに関する9つの掟を挙げています。今回はその掟を紹介したいと思います。
(1)わかりやすい言葉で説明してもらいましょう…医師から説明を受ける時、専門用語がわからず、断片的に理解してしまったがために誤解を生じたり、帰ってから家族に説明できないなどどいうことがよくあります。正しい治療を受けるためには、まず患者さんがきちんと理解することが大切。わからない言葉があれば、その場できちんと医師に尋ねて下さい。
(2)病名を必ず聞きましょう…もし病名がはっきりせず、複数の病気が疑われる場合には、どんな病気の可能性があるのか聞いて下さい。
(3)症状を聞きましょう…病名がわかったら、現状や今後どのように進行するのかを聞きましょう。また、急性のものか慢性のものかを尋ねることが肝心です。
(4)診断の根拠を聞きましょう…ただし病名がなかなかつかず、“〜の疑い”と言われることもあるので、その場合は診断がつかない理由を必ず尋ねて下さい。
(5)今後の治療方法について聞きましょう…治療の目的や有効性、治療期間、危険性についても聞いて下さい。
(6)治療方法は複数の選択肢を示してもらいましょう…良心的な医師は、複数の治療方法を提示した上で、きちんと説明をしてくれます。治療方法が1つしかない場合でも、丁寧な説明をしてくれるはずです。
(7)自分の体の状態を正確に伝えましょう…自覚症状、薬のアレルギーの有無、病歴を正確に伝えて下さい。受診前にメモにして持っていくと、一層わかりやすいと思います。
(8)メモをもらい、メモをとりましょう…手術の説明などでわかりにくい時は図解してもらい、そのメモを保存して下さい。
(9)カルテ開示について聞きましょう…以前にもお話ししたとおり、カルテ開示を積極的に行う医師や医療機関はインフォームド・コンセントや患者さんの安全への配慮にも努力していると考えられます。
 以上のことをぜひ実行し、より良い治療を選択してほしいと思います。ある医師が「インフォームド・コンセントの際、医師の説明を録音してもいいのではないか?」と言っています。忙しい医師の手を煩わせることもなくなるし、録音したものを家族に聞いてもらってもいいと思います。これも1つの手ですね。
(写真家/医療ジャーナリスト 伊藤隼也氏・談)
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