2010 FIFA ワールドカップ アジア地区最終予選

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■1994アメリカワールドカップアジア地区最終予選
1993年ドーハの悲劇
Jリーグが誕生した93年秋、オフト監督のもと、三浦知良・ラモス瑠偉らタレント揃いの選手を擁する日本は、予選を充当に勝ちあがり1位通過でアジア地区最終予選へ駒を進めた。
カタールの首都ドーハで行われた最終予選、初戦はサウジアラビアと引き分け。続くイラン戦では1ー2と黒星を喫したが、第3戦北朝鮮戦を3ー0、第4戦韓国戦を1ー0で勝利した。
そして勝てばワールドカップ初出場が決まる最終イラク戦。ロスタイムまで2ー1とリードする日本。しかし、試合終了間際のワンプレーでイラクにショートコーナーからのセンタリングをヘディングで決めら同点。日本の予選敗退が決まった・・・。
■1994年 アメリカ大会 アジア地区最終予選
  試合 得点 失点 得失点 勝ち点
サウジアラビア
韓 国
日 本
イラク
イラン 11 ー3
北朝鮮 12 ー5
■1998フランスワールドカップアジア地区最終予選
1997年ジョホールバルの歓喜
悲願の初出場をかけ挑んだ最終予選。B組にはいった日本は、初戦のウズベキスタンには勝ったが、アウェーでUAEと引き分け、韓国にはホームで敗戦を喫する。続くアウェーのカザフスタン戦でドローとなった日本は、加茂周監督が更迭され、ヘッドコーチの岡田武史が監督に就任する。
これで流れが変わったか、アウェーでのウズベキスタン戦・UAE戦と引き分けにもちこむ。アウェーで韓国に、ホームでカザフスタンに勝ち、B組2位となりイランとのプレーオフ(第3代表決定戦)に進出を決めた。
決戦の地はマレーシア・ジョホールバル。2ー2の同点で90分間を終え、ゴールデンゴール方式の延長戦へ。そして迎えた延長後半13分、中田英寿のシュートに反応した岡野雅行が、キーパーがはじいたボールに身体を投げ出し、スライディングシュート!この劇的なゴールデンゴールによって、日本の悲願のワールドカップ初出場が決まった。
■1998年 フランス大会 アジア地区最終予選
グループA 試合 得点 失点 得失点 勝ち点
サウジアラビア 14
イラン 13 12
中 国 11 14 ー3 11
カタール 10 ー3 10
クウェート ー1
グループB 試合 得点 失点 得失点 勝ち点
韓 国 19 12 19
日 本 17 13
UAE 12 ー3
ウズベキスタン 13 18 ー5
カザフスタン 19 ー12
AFCプレーオフ・アジア第3代表決定戦 日本 3ー2 イラン
■2002日韓ワールドカップアジア地区最終予選
開催国である日本は予選免除
■2002年 日韓共催大会 アジア地区最終予選
グループA 試合 得点 失点 得失点 勝ち点
サウジアラビア 17 17
イラン 10 15
バーレーン ー1 10
イラク 10 ー1
タ イ 15 ー10
グループB 試合 得点 失点 得失点 勝ち点
中 国 13 11 19
UAE 10 11 ー1 11
ウズベキスタン 13 14 ー1 10
カタール 10 10
オマーン 16 ー9
■2006ドイツワールドカップアジア地区最終予選
1次予選グループ3を首位通過した日本は、3大会連続のワールドカップ出場にむけ最終予選に臨んだ。
グループBのジーコJAPANは、初戦ホームで北朝鮮に2ー0で白星発進。2戦目アウェーでイランに負けるものの、続くバーレーン戦ではホームでしっかりと勝ち点3をとり、アウェーでも勝利をおさめた。
そして6月8日平壌で開催予定だった北朝鮮戦は、第3国(中立国)で無観客試合で行われることに。タイ・バンコク、スパチャラサイ国立競技場での無観客試合。スコアレスで前半を折り返し、むかえた後半28分、柳沢敦のシュートで先制!!終了間際の後半44分には、スルーパスを受けた大黒将志が、キーパーをかわしダメ押しのゴールを押し込んだ。この試合勝利した日本、世界一早く2006年ワールドカップドイツ大会への出場を決めた。
■2006年 ドイツ大会 アジア地区最終予選
グループA 試合 得点 失点 得失点 勝ち点
サウジアラビア 10 14
韓 国 10
ウズベキスタン 11 ー4
クウェート 13 ー9
グループB 試合 得点 失点 得失点 勝ち点
日 本 15
イラン 13
バーレーン ー3
北朝鮮 11 ー6