3曲でクラシックがわかる音楽会~チェロ編

投稿日:2025年05月17日 10:30

 今週はクラシック音楽の基礎知識を楽しく知る好評企画の第6弾。伊集院光さんを聞き手にお招きして、宮田大さんにチェロの魅力を解説していただきました。
 最初の曲はラフマニノフの「ヴォカリーズ」。ヴォカリーズとは歌詞を使わずに母音で歌う唱法のこと。つまり、原曲は歌曲なのですが、歌よりも器楽で耳にする機会のほうが多いかもしれません。ありとあらゆる楽器のために編曲されているといってもよいほどの人気曲です。人間の声にもっとも近い楽器と言われるだけあって、チェロによる演奏は曲想とぴたりとマッチしています。「チェロが人間の心情を表し、ピアノは風景を立体的に描く」という宮田さんの解説がありましたが、感情の動きがチェロからよく伝わってきます。
 2曲目はフィッツェンハーゲンの「アヴェ・マリア」。これはほとんどの方にとって初めて耳にする曲だったと思います。フィッツェンハーゲンは作曲家という以上にチェロ奏者として言及されることが多く、チャイコフスキーの名曲、「ロココの主題による変奏曲」を献呈された名奏者です。このとき、フィッツェンハーゲンがチャイコフスキーに無断で作品に手を入れて、ふたりの間が気まずくなったというエピソードが知られています。「アヴェ・マリア」はチェロの音域の広さを生かしたチェロ四重奏曲。4人のチェリストたちの音色がひとつに溶け合って、潤いのある響きが生み出されていました。
 3曲目はファジル・サイのチェロ・ソナタ「4つの都市」より第2曲「ホパ」。ファジル・サイはトルコ出身のピアニスト兼作曲家です。ピアニストとしての来日も多く、作曲家としても旺盛な活動をくりひろげています。トルコの文化に由来する作品を数多く作曲しており、「4つの都市」の「ホパ」もそのひとつ。チェロのさまざまな奏法を駆使して、民族楽器の音色を模すなど、従来の楽曲にはない新しい表現を切り拓いています。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

小学校の教科書に載っている名曲なのに口ずさめない!クラシックの音楽会

投稿日:2025年05月10日 10:30

 今週は小学校の音楽の教科書に載っている名曲をどれくらい口ずさめるものなのか、街頭調査で検証してみました。名前を知っているような曲でも、歌ってみようとすると意外と出てこなかったりするものです。
 口ずさめないランキングの第5位はベートーヴェンの「よろこびの歌」。いわゆる「第九」の「歓喜の歌」です。ベートーヴェンは生涯に9つの交響曲を書きましたが、その最後に書かれた作品がこちら。日本では年末の風物詩として親しまれていますね。
 第4位はエルガーの行進曲「威風堂々」。中間部のゆったりとしたメロディは「希望と栄光の国」の別名でも知られています。格調高いメロディなので、卒業式の音楽によく使われます。
 第3位はハチャトゥリアンの「剣の舞」。こちらはネッケの「クシコスポスト」と勘違いしている人が続出。どちらも運動会でよく使われる曲です。ハチャトゥリアンはバレエ「ガイーヌ」の一場面のためにこの曲を書きました。急場しのぎで一晩で書いた曲なのですが、「剣の舞」は爆発的な人気を呼び、作曲者の代表作になりました。あまりに「剣の舞」が有名になって、ほかの作品がかすんでしまったことから、後にハチャトゥリアンはこの曲を書いたことを後悔したと言います。
 第2位はチャイコフスキーのバレエ音楽「くるみ割り人形」より行進曲。この曲はまちがえやすいですよね。なにしろ同じ「くるみ割り人形」に「こんぺいとうの踊り」「葦笛の踊り」「トレパーク」「花のワルツ」など、有名曲がぎっしり詰まっているので、混同しても無理はありません。むしろ50人中9人が正しく口ずさめたことが驚きでは。
 第1位はサン=サーンスの「白鳥」。組曲「動物の謝肉祭」の一曲ですが、白鳥つながりで、チャイコフスキーの「白鳥の湖」を思い出してしまう人が少なくありません。正解は50人中4人。お見事です!

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

スター・ウォーズで楽しむ!パイプオルガンの音楽会

投稿日:2025年05月03日 10:57

 映画「スター・ウォーズ」ではジェダイの騎士たちが銀河の平和と自由を守ります。ジェダイの騎士が操る特別な力が「フォース」。彼らはしばしば挨拶のように「May the Force be with you(フォースと共にあらんことを)」と口にします。この決まり文句と May the 4th をかけて、5月4日は「スター・ウォーズの日」と呼ばれるようになりました。もともとはファンたちの遊び心から生まれた記念日だったのですが、今では公式の記念日として定着しています。
 今回はオルガニストの石丸由佳さんが、東京藝術大学奏楽堂のパイプオルガンのさまざまな音色を駆使して、「スター・ウォーズ」メイン・タイトルを演奏してくれました。たったひとりで演奏しているにもかかわらず、その壮大さは「スター・ウォーズ」の世界観にぴったり。石丸由佳さんのジェダイの騎士を思わせる衣装も決まっていましたね。
 有名な冒頭の勇ましいメロディは、主人公ルーク・スカイウォーカーのテーマと呼ばれます。輝かしさと重厚さが一体となったパイプオルガンの音色が、ルークの冒険心と秘められたフォースの強大さを伝えてくれました。いったん音楽が静まった後に登場するフルートのパッセージは、あたかも本物のフルートのように軽やか。王女レイアの主題では、弦楽器系のストップに「ウンダ・マリス」のストップが重なって、うねりを作り出します。優雅なメロディなのですが、暗い色合いが加わって、悲劇を予感させるところがなんとも味わい深いと思いました。
 オルガンのストップについての解説もとても興味深いものでした。あんなにもたくさんのストップがあるとは。「フルート」や「トランペット」といったストップはイメージしやすいですが、鼻声風の「ナザート」や、古楽で使われる弦楽器「ヴィオラ・ダ・ガンバ」があるのがおもしろいですね。ストップの組合せから音色を作り出す様子はまるでシンセサイザー。多くの作曲家たちがこの楽器に魅了された理由がよくわかります。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

本気でプロを目指す!「題名プロ塾」ソリスト科~後編

投稿日:2025年04月26日 10:30

 今週は先週に続いて、葉加瀬太郎さんによる「題名プロ塾」ソリスト科の後編をお届けしました。塾生は木村美宇さん、和久井映見さん、加藤光貴さんの3名。最終レッスンでとりあげたのは、ピアノ、ヴァイオリン、チェロからなるピアノ・トリオによる坂本龍一の作品です。
 「Rain」はもともとは映画「ラストエンペラー」で使われた楽曲で、後にピアノ・トリオ用に編曲されて、アルバム「1996」に収められました。塾生の加藤光貴さんが切れ味鋭い演奏を披露したところ、葉加瀬さんは映画「ラストエンペラー」のどんな場面でこの曲が使われているかに注目するようにアドバイスします。この曲が使われたのは、皇帝との離婚を決意した第二夫人が、雨の中、家を出ていくシーン。葉加瀬さんはヴァイオリンは第二夫人の心の叫びであると指摘し、休符の使い方で心の叫びを表現するように求めます。指摘を受けた後の演奏は、ぐっとエモーショナルな音楽になっていたと思います。
 「ゴリナがバナナをくれる日」は1970年代にテレビCMのために作られた曲で、こちらもアルバム「1996」でピアノ・トリオ用に編曲されています。和久井映見さんの演奏に対して、葉加瀬さんは楽譜上のコンマに注目して、曲想が変化する場所を指摘します。些細なことのようでいて、レッスンの前後でずいぶん音楽の表情が変わっていました。木村美宇さんの演奏に対しては、ヴァイオリンの同じメロディが再現する場面で、ピアノが聴く人の予想を裏切っていったんの沈黙の後に出てくるところに着目します。葉加瀬さんがここに求めるのは「燃えたぎるようななにか」。楽譜を注意深く読むことで、音楽的な頂点がどこにあるのかがわかるというお話でした。
 塾生の皆さんそれぞれが見事な演奏を聴かせてくれた結果、最後に「首席」に選ばれたのは和久井映見さん。「表現をしようという力が強い」という講評があったように、聴く人を惹きつける演奏だったと思います。これからの活躍を期待しています!

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

本気でプロを目指す!「題名プロ塾」ソリスト科~前編

投稿日:2025年04月19日 10:30

 今週は葉加瀬太郎さんによる「題名プロ塾」ソリスト科の前編をお届けしました。プロの実践的なノウハウを伝授する「題名プロ塾」ですが、今回はさらに一歩進んだ「ソリスト科」。主役を担える新世代のヴァイオリニストを育成するための指導が行われました。
 多数の応募のなかから選ばれた受講生は、木村美宇さん、和久井映見さん、加藤光貴さんの3名。今回の課題曲はそれぞれロマ音楽、ジャズ、タンゴといった世界各地の大衆的な音楽にルーツを持ちつつ、クラシック音楽の世界でも知られる作品ばかり。クラシック音楽とポピュラー音楽の垣根を超えた楽曲が選ばれています。
 最初にモンティの「チャールダーシュ」を弾いてくれたのは木村美宇さん。澄んだ音色で端正に弾いてくれましたが、葉加瀬さんは冒頭のメロディにロマの哀しみを求めます。「勝手に歌詞をつけていいから歌だと思って弾いてほしい」というアドバイスを受けた後の演奏は、格段に感情を揺さぶる演奏になっていました。
 「チャールダーシュ」の後半部分では和久井映見さんがとても速いテンポで小気味よい演奏を披露。しかし葉加瀬さんはこのテンポを後にとっておけばよいとアドバイス。そして、音楽が転がらないようにするためのコツを提案します。アドバイス後の演奏のほうが、ぐっと引き込まれる音楽になっていました。
 ガーシュインの「アイ・ガット・リズム」では、題名プロ塾第2弾にも出演した加藤光貴さんが再度のチャレンジ。とてもカッコよく弾いてくれたのですが、葉加瀬さんは、もともとこの曲についている歌詞に着目して、言葉のリズムを反映させるように求め、さらに説得力のある演奏を引き出します。「原曲の歌詞にはヒントが山のようにある」と教えてくれました。
 ピアソラの「リベルタンゴ」では3人そろっての指導が行われました。三者三様の個性があらわれていましたが、葉加瀬さんの指導によって、3人がどんどんと変わっていく様子がよくわかります。次回は3人のなかから「首席」が選ばれることに。いったい誰が選ばれるのか、楽しみです。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

新世代のイチ推し!新しいクラシックの音楽会2025春

投稿日:2025年04月12日 10:30

 クラシック音楽とは決して何百年も前の曲ばかりを指すものではありません。現在も多くの作曲家たちが新作を生み出しており、演奏家たちは新たなレパートリーに挑んでいます。今回は「新しいクラシック音楽」と呼ぶべき作品を、ヴァイオリンの辻彩奈さんとピアノの阪田知樹さんに演奏していただきました。
 最初の曲はブラジルの作曲家、フランシスコ・ミニョーネによるソナチネ第4番。ブラジルの大衆音楽の要素を取り入れているというお話がありましたが、聴きやすい一方で、リズムにおもしろみがあって、斬新なテイストがありました。カッコいい曲でしたよね。
 2曲目はアルフレッド・シュニトケの「古い様式による組曲」より「パントマイム」。シュニトケは現代音楽の世界ではよく知られた作曲家です。ロシアに生まれドイツに移った作曲家で、その作風はしばしば「多様式主義」という言葉で説明されます。特定の語法に頼らず、さまざまな様式が渾然一体となったところに特徴があります。今回の曲も、いかにも古風な体裁で始まり、途中で聴く人の予測をくつがえすような展開が用意されていました。おしまいで少し不穏な余韻を残して終わるあたりも現代的です。
 3曲目はイギリスの作曲家、ジェラルド・フィンジの「エクローグ」より。フィンジは20世紀前半の人ですので時代的には新しいとは言えないのですが、まだ日本では十分に知られていないという意味では「新しいクラシック音楽」です。イギリスの田園地帯を思わせるような安らいだ楽想が印象的でした。これから再評価が進む作曲家ではないでしょうか。
 最後はスコット・ウィーラーの「アイソレーション・ラグ」。アイソレーション、すなわち孤立。コロナ禍におけるロックダウンをきっかけに書かれたという点で、まさに今の時代の音楽です。過去の協奏曲の一部が引用されるのは、他者と共演することへの憧れの表現でしょう。外出を自粛していた頃を思い出しながら聴き入りました。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

昭和100年!ジーンとくる歌の音楽会

投稿日:2025年04月05日 10:30

 2025年は「昭和100年」に相当するメモリアルイヤーなのだそうです。現実の昭和は1989年の昭和64年をもって終わりましたが、昭和が続いていると仮定すれば、今年は昭和100年になるというわけです。
 石丸さんは「昭和に青春期を過ごした」世代。昭和はこの時代を経験した人々にとって思い出深い時代である一方、若い世代から見ると今とはずいぶん違った日本の姿が垣間見えて新鮮に感じられることが、昭和にスポットライトが当てられる理由でしょう。今回はそんな昭和の空気感をまとった名曲を、現代のアレンジで刷新して、石丸幹二さんに歌っていただきました。
 最初の曲は宮田大さんのチェロ、大萩康司さんのギターとの共演で坂本九「心の瞳」。宮田さんのチェロのソロではじまり、石丸さんの歌が続き、ふたりの対話に大萩さんのギターが寄り添います。トリオ・ソナタ風の編成から、やさしく抒情的な味わいが生み出されました。
 2曲目は井上陽水「ダンスはうまく踊れない」。マリンバの塚越慎子さんと弦楽器による題名ゾリステンのみなさんとの共演です。意外性のある編曲でしたが、マリンバの音色が柔らかくまろやかで、独特の幻想味を醸し出していました。
 3曲目は加藤登紀子「時には昔の話を」。ジブリ映画「紅の豚」では、エンディングテーマに使われました。石丸さんの歌と宮田大さんのチェロのみという簡潔な編成です。まるで石丸さんと宮田さんがふたりで語り合っているようで、寂寞とした雰囲気がなんともいえません。よくチェロは人の声に近い楽器といいますが、納得です。
 4曲目は谷村新司「昴 −すばる−」。昭和55年に発表され、一世を風靡した大ヒット曲です。当時は歌詞の意味をまったく気にせず聴いていましたが、石丸さんのお話を聞くと、これは「ジーンとくる」歌詞なのだとわかります。新たな感慨がありました。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

角野隼斗が新たな音を生み出す!プリペアド・ピアノの音楽会

投稿日:2025年03月29日 10:30

 今週は角野隼斗さんをお招きして、プリペアド・ピアノの演奏に挑戦していただきました。プリペアド・ピアノとは、弦にねじやゴムやフェルトなどの異物を装着し,音を変化させるピアノのこと。アメリカの作曲家ジョン・ケージが1940年に「バッカナーレ」という作品のために考案したものです。当初、打楽器アンサンブルを使用するつもりでいたケージですが、会場の演奏する場所が思いのほか狭く、やむを得ず備え付けのグランドピアノを使うことになります。そこで、ピアノの音を変えることを思いつき、弦の間にねじなどの異物を挟みました。こうして偶発的に発明されたプリペアド・ピアノは、以後、現代音楽の分野でしばしば用いられるようになります。
 プリペアド・ピアノのために書かれた作品で、とりわけ名高いのが「プリペアド・ピアノのためのソナタとインターリュード」。ケージが1946年から48年にかけて作曲しました。この曲は16曲のソナタと4曲のインターリュード(間奏曲)の計20曲から構成され、全曲を演奏すると1時間を超えるくらいの大作です。今回、角野さんが演奏してくれたのは、ソナタ第5番。知らずに聴けばピアノとは思えないような打楽器的な響きがしていました。ソナタ第5番からもわかるように、この曲は意外なほど聴きやすい作品です。ユーモラスな曲、エキゾチックな曲、詩情豊かな曲など、いろいろな曲が集まっており、あまりケージになじみのない方でも全曲を楽しく聴くことができると思います。
 角野さんはケージの作品に加えて、アップライトピアノにプリパレーションを施したラヴェルの「ボレロ」や、現代アメリカの作曲家アンディ・アキホの「唐紅(KARAKURENAI)」、さらに即興演奏を披露してくれました。いずれもこれまでに聴いたことのない新しい音楽ばかり。ピアノ3台を使った即興演奏がカッコよかったですよね。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

第33回出光音楽賞受賞者ガラコンサート

投稿日:2025年03月22日 18:19

 今週は第33回出光音楽賞受賞者ガラコンサートの模様をお届けいたしました。同賞は「題名のない音楽会」放送25周年を記念して、1990年に制定されました。今年の受賞者はピアノの務川慧悟さん、ヴァイオリンの戸澤采紀さん、同じくヴァイオリンの前田妃奈さんの3名。それぞれの受賞者のみなさんがガラコンサートにふさわしい気持ちのこもった演奏を披露してくれました。
 務川慧悟さんが選んだのはラヴェルのピアノ協奏曲ト長調。フランス音楽に深い共感を寄せる務川さんらしく、20世紀フランスを代表する傑作協奏曲を鮮やかに演奏してくれました。留学時代に師のフランク・ブラレイ(有名なピアニストです)から、たった5分の曲のレッスンに1時間30分もかけられて自信を砕かれたというエピソードがありましたが、それほど緻密な音楽作りが要求されるのかと驚かされます。
 戸澤采紀さんはメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調を演奏。高揚感あふれる快演でした。戸澤さんのお父さんは著名なヴァイオリニスト、戸澤哲夫さん。子どもの頃から「戸澤哲夫さんの娘さん」と呼ばれてしまうことは避けられません。それに対して「いつか父を戸澤采紀のお父さんと呼ばせよう」と思って頑張ったと言います。音楽一家ならではの苦労もあったとは思いますが、すばらしい親子関係ではないでしょうか。
 前田妃奈さんが演奏したのは、「本当に大好きな作品」と語るブルッフの「スコットランド幻想曲」。演奏する様子からも、この曲に対して並々ならぬ思い入れを持っていることが伝わってきます。ドイツの作曲家ブルッフは民謡の持つ普遍性を信じ、スコットランド民謡をこの曲に取り入れました。メロディの親しみやすさと雄大なロマンティシズムが一体となっており、前田さんの演奏にあらためて作品の魅力を知った思いがします。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

日本を代表する名指揮者、秋山和慶が残したメッセージ

投稿日:2025年03月15日 10:30

 今週は今年1月に84歳で世を去った日本を代表する名指揮者、秋山和慶さんの功績を振り返りました。
 秋山和慶さんのデビューは1964年。23歳で東京交響楽団を指揮しました。日本のほとんどのオーケストラを指揮してきた秋山さんですが、東京交響楽団とはキャリアの最初期から特別な結びつきがあり、1968年から2004年までの長きにわたって音楽監督・常任指揮者を務めました。
 なにしろデビュー直後に、スポンサー契約の打ち切りにより楽団の経営が破綻し、自主運営の団体として再出発するという試練を迎えたのですから、その苦労は想像に余りあります。少しでも仕事を増やそうとした結果、「ひと月に32回本番があった」という凄まじい状況に。そのすべてを秋山さんがひとりで指揮したといいますから、尋常ではありません。
 世界最高峰のオーケストラであるベルリン・フィルからの客演を3回も断ったというお話がありましたが、それも先に東京交響楽団のスケジュールが入っていたから。もしも秋山和慶指揮ベルリン・フィルの演奏会が実現していたら……と、つい思ってしまうところですが、秋山さんは「自分の楽団を放っておいてベルリンに行くことなどはできない、してはならない」と、ご自身の回想録で振り返っています。
 秋山さんは北米を中心に国際的に活躍した指揮者でもありました。1972年にカナダのヴァンクーヴァー交響楽団の音楽監督に就任。31歳の若さで海外のオーケストラの音楽監督に就任したわけです。以後、アメリカ交響楽団の音楽監督、ニューヨーク州のシラキュース交響楽団音楽監督を歴任しました。
 秋山さんは後進の育成にも力を注ぎました。弟子にあたるNHK交響楽団正指揮者の下野竜也さんが、若き日に秋山さんに言われた言葉は「音楽を出世や自分をよく見せるための道具に使っちゃいけない」。秋山さんの人柄が偲ばれます。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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