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<上意下達ではなくコミュニケーションを>
一見放任主義に思える鈴木流ですが、そこには細かな計算が隠れています。
宮嶋「女子の場合はコーチが管理しようとするケースが多いように思うんですけれど。」
鈴木監督「ほとんどそうじゃないですかね。小出監督のところはちょっと違いますけれど、大体厳しいですよね。厳しいと選手も長続きしないんじゃないかな。どこかで切れたらおわりになっちゃうかな。」
宮嶋「鈴木監督は厳しくないんですか。」
鈴木監督「いやまったく厳しくないですよ。多分怒られたことないって言いますよ。選手に聞いてみてください。」
宮嶋「怒ったことがない?」
鈴木監督「まあ、きちっとやらない子がいれば何回か呼んで話はするけれど、やっぱり、自覚なのかな。やるときは必死に自分自身でやる状況作りをすれば、それが1番いい指導方法なんじゃないかと思っているんですよ。たとえば高校生とかで厳しいところありますよね。先生の様子をうかがいながら、自分の行動を決めている。怒られるからやるという状況だから、だめですね。三井住友海上にも研修所があるんで高校生の合宿を受け入れていますけれど、高校生で、先生が来るのをみているし、来る前の本人の行動と、来るかなというときと、来たときの行動が違うんですよ。先生がいるときの行動が違うんです。自分なんか朝練習なんか見ないですよ。でも選手は自分でそれぞれにやっていきますからね。」
宮嶋「鈴木監督と選手の関係が、上から命令をするいわゆる昔からの日本の体育界的指導ではないんでしょうね。」
鈴木監督「いろんなことを選手に言ったら、自分もやらなくちゃならないじゃないですか。いつも緊張したり、いつも偉そうにしていなきゃいけなかったり、考えていなくちゃいけない。それは出来ないなというのが正直なところです。いかに楽しようかといつも思っているから。(笑い)」
宮嶋「でも本当のところはどうなんですか。監督がいなければならない理由は。」
鈴木監督「どんなに強くなっても、自分でスケジュールは立てられないんですよね。どんなに強くなっても、きついことは一人じゃ出来ないんですね。自分はその役目をすればいいと思っています。後は本人のやる気が起こればいいんですよ。スケジュールを作ってやれば、あとは本人がやりますから。」
鈴木監督が力を入れているのが、練習スケジュール作り。
入念に手書きでびっしりと書き込まれた表は圧巻です。過去のスケジュール表を見せていただくと、そのときの選手の体調、様子までもが、事細かに記入されていました。
鈴木監督「個性もありますから、一概には言えないけれど、長い距離だけでやっていくと、ポイントをなかなかつかめないんで、ちょっとスピードに切り替えたりするんですね。それと、ずっと練習していくなかで、疲労がたまっちゃうんで、その疲労を抜くというのがないとだめですね。高地でやっていると、どうしても動きが緩慢って言うか、平地よりも心肺機能が動きよりも先に高まっちゃうんで、短い距離である程度練習させないと、動き作りが出来ないんですよ。それと筋肉に緊張の仕方が衰えちゃう。そういうことを考えて練習メニューを作るわけです。」
宮嶋「渋井さんがシカゴを目指すにあたって、今までの練習と変えている点はありますか。」
鈴木監督「距離をちょっと伸ばしてますね。たとえば、エドモントンのとき45キロをやろうと思ったんだけれど、暑さがきつかったんで40キロで終わっているんです。渋井は晴れ女ですから、太陽が出ちゃうんですよ。大阪の反省で、2回やろうということで決めたんだけれど、気候の関係で出来なかったんですね。で、昨日はちょっと涼しくて、初めて45キロやったんだけれど、まあ、初めてにしてはあのコースで、後半上り下りがきついなかであれだけ行っちゃうからね。あの様子みていると、あのままもう少し距離を伸ばせるくらいでゴールしたから、」
宮嶋「ラスト1キロ3分15にあげてきましたよね。」
鈴木監督「6分42にあがってきましたからね、最後の2000が。試合になれば42キロだからもっと短い距離だから、その手前からあげればもっと上げられるから、そういうのができなければ、世界とは戦えないですよね。」
宮嶋「小出さんが、高橋の日本最高を破るのは渋井しかいないだろうといっていらしたんですけれど」
鈴木監督「いまはスピードをそなえてできるというのはそうですね、渋井でしょうね。土佐に言っても無理だから、そりゃ本人もわかっていますから。そういう点でいえば、日本最高を出す可能性は持っていますから。集中力もあるし。」
宮嶋「渋井さんはマラソンに関しては、これまで失敗というのはあったんですか」
鈴木監督「渋井は毎回アクシデントに見舞われますね。初マラソンの大阪のときも一番大事な調整に入るときに具合悪くなって、6日間ほど寝ましたから、ほとんど走らない状態で。ただ、回復力も凄いんでね。エドモントンの世界陸上の時もちょうど、一週間前に。38.7度の熱が出て、リンパにきたんです。リンパはれて熱ですから、があって寝込んで、もう必死です。それでも4位で走っちゃうからね。そういうの見るとちゃんとしたコンディションで勝負させたいって言う気持ちは出ますね。本当に普通だったら走れない状態かもしれないけれど、4番になっちゃうんだからね。」
レース直前に体調を崩したときにも、渋井選手は、そのことを隠さずすぐ監督に報告してきたそうです。管理されている選手は都合の悪いことを隠そうとすることが多いそうですが、このチームではそうしたことは無いそうです。いつでも気軽に話せる関係を常日頃から作っておく鈴木監督の環境作りが、こうした緊急時に生きるんですね。
合宿所で嬉々として渋井選手とゲームボーイをする鈴木監督の姿に驚ろかされましたが、そうした普段からのコミュニケーション作りが、いざというときにちゃんと役に立つことを納得した次第です。
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