

2009年5月7日
故人の人生を振り返りながら、その死を悼むシリーズ企画。
今回は、がんで亡くなった方々。
ジャズ歌手のローラ浅田さん(本名 小野木一美)
新潟で父親のレコードを聞いて育ち、30歳で渡米して、アメリカでジャズ歌手として活躍したローラ浅田さん。順風満帆と思っていた59歳の時に乳がんと診断され、帰国。その後、摘出手術を受けたが、3年後、腰や背骨への転移が見つかり、『5年生存率は15%』と知らされた。痛みをこらえ、毎週続けた抗がん剤治療。乳がん患者が集う病院や自宅で開いたジャズ教室で、仲間たちからの一言が転機となった。「歌うところがあったらライブをしないか」と。ローラさんは「あとどれくらいの命かわからないけど、支えてくれた人に思い出をいっぱいあげたい」と、再発の翌年から、弾き語りライブを始めた。痛み止めを飲み、握力の落ちた左手はコルセットで固定し、2年間にわたり、日本やアメリカで70回のライブを開催。去年11月、故郷・新潟を訪れ、同級生たち200人を前に、熱唱したのが最後のステージになった。
1月21日、転移性肺がんにて死去、享年66。
紙芝居師の森下正雄さん
父親の跡を継いで、紙芝居師になった森下さん。1日4回、夕方の公園や空き地で子供たちを魅了した。66歳の時、末期の喉頭がんが発覚。唯一の治療法は、紙芝居師の命である、声帯を取ることだった。家族の説得でやっと手術をすることに・・・しかし、森下さんの名調子は戻ることはなかった。「自分の声でもう一度、紙芝居がやりたい」と強く思っていた森下さんの自宅に差し出し人のない手紙が届いた。その中には、全盛期の森下さんの声を収録したテープが入っていた。森下さんの長男・昌毅さんは、「『神様からの贈り物』『生き返してもらった』って泣いていました」と、その時を振り返る。森下さんは、このテープに合わせて口を動かし、紙芝居を続けた。肺がんで呼吸がままならなくなっても、最後まで演じきった“黄金バット”。
12月5日、肺がんにて死去、享年85。