世界の車窓から世界の車窓からFUJITSU
トップページ 放送内容 撮影日記 全国放送時間表 本ホームページについて
トップページ > 撮影日記ページ
撮影日記1

オーストリアは車窓ではこれまでに何度も訪れた国である。しかし、今回はウィーン、ザルツブルクなど有名な都市は周りつつ、ガイドブックにも乗っていないような、マイナーなローカル線を行く、というのも大きな狙いの一つだ。しかも、僕はオーストリアを訪ねるのも初めてだ。ゼロの視点で、オーストリアの新しい魅力を発見する!そんな期待に胸を膨らませつつ、オーストリアの首都ウィーンに足を踏み入れた。

飛行機を出るなり、むあっという熱気がまとわりついてくる。暑い!確実に出発したときの日本より暑い!オーストリアって、割と避暑地の部類に入るんじゃなかったっけ…。などと考えながら、さっそくコーディネーターのアネテさんと合流。今回のロケ隊はディレクターの僕が31歳。カメラマンの辻さんは30代後半で助手の佐藤さんはまだ20代と、わりと若い編成。それにドライバーのアンドレアさんを加えた5人のメンバーでオーストリア全土を電車で巡る旅に出る。「意外と暑いですね…」とアネテさんに聞くと、今年はヨーロッパ各地で異常気象なんだそうだ。雨よりはマシだけど、それにしても暑い…。

さて、ウィーンである。想像していたよりもずっと重厚な感じがする街で、中世のたたずまいを残す町並みに人々の生活臭が今も濃厚に漂う。そんなウィーンのみどころは中心部にある環状道路に並んでいる。番組としてはその道路を巡るトラム(路面電車)を紹介。かつて、19世紀にハプスブルク家の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世が城壁を取り壊して、この道路を作ったのだそうだ。しかし、ヨーゼフさんは王宮の庭園の片隅に難しい顔をした像がポツンとあるだけ。しかも軍服。近くにあるモーツァルト像は花文字で書かれた綺麗なト音記号の前にガツンと配置されてあるのと比べると、なんか可愛そうな感じがする。理由は分かりませんが。

夜は旅の出発を記念して、スカイという高層ビルのレストランに行く。時は夜の9時だが、こちらの時間だと、緯度が高いせいか、まだ明るく、マジックアワーが続く。これぐらい日が長いと、撮影的には随分助かる。テラスからは壮麗なシュテファン寺院がライトアップされ、ずいぶんロマンチックだ。ここに恋人とこれたら、さぞかし素敵だろうな、とあてのない妄想を抱いて見る。いや、別に恋人とじゃなくてもお勧めですよ。料理もおいしかったです。
そんなこんなで、オーストリアの旅が始まります。

ディレクター 宮部洋二郎
ウィーンの街を走るトラム
皇帝フランツ・ヨーゼフ1世像
シュテファン寺院
撮影日記2

今回のオーストリアの旅はウィーンを出発して、まずは東部の方面をグラーツまで、いろいろ寄り道しながら巡る。その後、再びウィーンに戻り、ドナウ川流域、中部地方、オーストリアアルプスを抜けて、スイスとの国境付近まで行く予定。東部の目玉の一つが、蒸気機関車のシュネーベルク登山鉄道。ラックレール、アプト式鉄道としては国内最長の9.8kmで、1時間半かけて、プッフベルクという街から、シュネーベルク山の上まで上がる。

さて、朝8時。車庫の中に入ると、蒸気機関車がいた。さっそく、ブレーキに油をさす作業が行われるというので、ついていくと、機関士は機関車の脇にある階段を降りていった。この車庫の下には小さな部屋があり、そこで上を見上げると、レールの隙間に穴が開いており、機関車の下にもぐりこんで作業が出来るようになっているわけだ。機関車を下から見上げるというのは、なかなか出来ない経験だ。ちょっと、興奮する。上からは水滴に混じって黄色く輝く燃えた石炭のカスが落ちてくる。この機械感とオイルと煙の香り。時折スチームがボッシューと音を立てるのがたまらない。蒸気機関車って、どうしようもなく魅かれてしまう。機械感なのか、人の温もりなのか。とにかく良いですよね。蒸気機関車。

それにしても、このシュネーベルク登山鉄道、山を登る割りに車体が小さい。乗車すると、ものすごい音と蒸気を吐き出して、がったんごっとん揺れまくりながら、進む。これ、大丈夫なのか、本当に登れますか?と心配になる。そうこうするうちに、どうにか途中駅のバウムガルトナー駅に到着。いやあ、良かった。…などと、思ってたら、何やら、騒がしい。機関車の方へ行ってみると、運転手さんが燃えた石炭をかき出していた。どうやら、水が混入したせいで圧力が下がってしまったらしい。平たく言えばエンジンがいかれたとのこと。うーん。やっぱり、大丈夫じゃなかった。ロケにアクシデントはつきもの、とはいえ、先が思いやられる…。

ちなみに、この蒸気機関車は夏の間の日曜日と祝日しか運行していません。本編では紹介していませんが、普段は「サラマンダー」というディーゼル列車が運行しているので、それに乗ってシュネーベルク山に登ることも出来ます。

ディレクター 宮部洋二郎
車庫の中の蒸気機関車
油をさす機関士
シュネーベルク登山鉄道
撮影日記3

ヴィーナー・ノイシュタットという街から、オーストリア南部に位置するグラーツを目指す。今回は、世界遺産として有名なセンメリング鉄道を通る幹線ルートではなく、小さなローカル線をゆくルートを通る。その沿線で、今回立ち寄ったおもしろいものが二つある。

一つはヴィーナー・ノイシュタットから南に電車で2時間程のところにあるブルマウ温泉。フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサーという芸術家がデザインした、かなり変わった温泉だ。様々な色彩に彩られた奇妙な形をした建物は、その上にも芝生があって、木が生い茂る丘にもなっている。そんな建築物が、広大な敷地のあちこちに林立していて、ちょっとした異世界に迷い込んだ気になる。フンデルトヴァッサーの建築は他にもウィーンのごみ焼却場などが有名だけど、日本でも大阪の舞洲工場、キッズプラザ大阪などいくつか手がけているようなので、是非、行ってみたい。

もう一つがブルマウ温泉よりもさらに南のローア駅から、車で30分程のところにある「ヴェルトマシーネ」だ。日本語で「世界機械」というこのオブジェは、フランツ・グゼルマンという名も無い農民が作った「機械」である。ただし、何も生産しないし、目的も分からない。一種の芸術作品ということなのだと思う。スイッチが入ると、全体が色とりどりに光を放ち、隙間風のような猛烈な音を立てて、「機械」が動き出す。細部には、キリスト像や五芒星があって、いろいろ象徴的だが、意味は分からない。右端にある銅版には「『世界は平和と理解によって救われる』というのはニューヨーク万博のスローガン」と書かれている。分かるようで、全然分からない。

案内してくれたお婆さんがグゼルマンさんの息子の奥さんということで、制作当時の話を聞けた。それによると、生前、彼はお金のほとんどをこの機械につぎ込んでいたらしい。さぞかし、周りの人は迷惑だっただろうな、と思う。でも、この機械の観覧費は大人1人につき3ユーロ。来観者は毎年1万5千人ということだから、今はお孫さん達にけっこう貢献していそうだ。

ローアの周辺は相当な田舎。畑ばかりの風景の中で、一体、グゼルマンさんは何を考えていたのかなあ。ものすごく、深遠な哲学者のような人だったのかもしれないし、単に機械いじりが好きなだけだったのかもしれない。いずれにせよ、人間というのは本当におもしろいものです。

ディレクター 宮部洋二郎
ヴェルトマシーネ
象徴的な機械パーツたち
ブルマウ温泉
撮影日記4

東部の鉄道を一巡りしたあとは、再びウィーンに戻る。ウィーン・フランツ・ヨーゼフ駅から西に向けて出発するわけだ。ここからは、ドナウ川沿いを列車で進み、中部のゲゾイセ公園、西部のアルプスへと、いよいよオーストリア横断の旅に出る。
 
僕だけなのかも知れないが、ドナウ川というのはなんとなく昔から憧れが強い場所だ。「美しく青きドナウ」というからには、さぞかし清らかな川なのだろう。そんな期待を胸に、ウィーン・フランツ・ヨーゼフ駅から出発した列車に乗った僕は右手の車窓にドナウ川が現れるのを待った。

駅を出発して、待つこと十数分。車窓に見えてきたドナウ川は予想に反して、そんなに清らかなわけではなさそうだった。むしろ、深い緑に淀んでいる。でも、考えてみれば、こんなに大きくて3000km近い長さのある川なのだから、よどんでいて当たり前だ。その長い旅路の間に様々なものが流れ込んでいるのだろう。海に近づくほどに、長く緩やかに淀んでいく、川。だからこそ、美しいのだと思う。人間だって、年を取るほどにどこかしら汚れていくものだ。きっと、そういうものだし、それで良いんじゃないか。などと、柄にもなく哲学めいたことをついつい考えてしまう。埼京線から荒川が見えたとしても、そんなことは考えない。そこが、ドナウ川と荒川の違いだ。いや、決して荒川が美しくないと言う意味ではないですが。オーストリアの人が日本に来たら、もしかしたら荒川を見てそんなことを考えるのかも知れないですよね。

ところで、ドナウ川とは関係ないが、「世界の車窓から」では、列車の走りを後で外から撮影しなければならない。そんな時、列車が大幅に遅れたりすると大変に困るのだが、オーストリア国鉄はなかなか優秀で、海外にありがちな列車の遅れがあんまりないので、とても助かった。仮に遅れても、電光掲示板に何分遅れ、などと表示されるので分かりやすい。なので、個人的にはこの国を旅行するのに、鉄道を使うのは大変おススメです。

ディレクター 宮部洋二郎
フランツ・ヨーゼフ駅
車窓の外はドナウ川
鉄橋を走る列車
撮影日記5

クレムス・アン・デア・ドナウ駅を出発すると、小さなディーゼル列車に乗ってドナウ川沿いを走る。
 ドナウ川沿いはオーストリアでも指折りのワインの産地として有名だ。車窓には左手にドナウ川、右手はブドウの段々畑がえんえんと続く。今回訪れたシュピッツという、人口1000人ほどの小さな村は、特にワインの品質では国内でも最高クラスのものが出来る場所らしい。本編では紹介できなかったのだけど、シュピッツではワインを撮影するために、ホイリゲ酒場に訪れた。
ホイリゲと言うのは今年できた新しいワインを指すと同時に、ホイリゲを飲ませる酒場のことを言う。オーストリア国内の各地にあるが、ウィーンのグリンツィングあたりは
特にホイリゲが集中していることで有名だ。
僕はワインについてはあまり明るくない。どうしても、日本で「ワイン」というと敷居の高いイメージが強く、焼酎や日本酒の方が気安く楽しめる気がしてしまう。だけど、オーストリアの人たちの基本はワインのようだ。シュピッツのホイリゲでは、近所のおばちゃんやおじちゃんが、昼間からグイグイとキンキンに冷えた白ワインを飲んでいる。こんなに気楽に楽しめるなら、ワインも良いよなあ。と、思いつつ撮影終了後に一口だけワインを頂いた。そしたら、これがビックリするくらいおいしい。ワインには明るくない僕が言っても仕方ないけど、今まで飲んだ数少ないワインの中では明らかにダントツでおいしい。ワインさん、今まで敬遠していてごめんなさい。こんなにおいしいワインを毎日当たり前のように飲む…ちょっと羨ましい。オーストリアの楽しみの一つ、発見。ホイリゲ巡りはかなりおススメです。
このドナウ川沿いのディーゼル列車の路線は20分足らずと、とっても短いけど、シュピッツの他にもキュンリンガー城があるデュルンシュタインや要塞教会のあるヴァイセンキルヒェンなど、中世の面影を残す街が並び、見所はたっぷり。さらに本編でも紹介していますが、世界遺産のワッハウ渓谷を遊覧船で行く旅は、オーストリアでもハイライトの一つ。ウィーンから電車で1時間とそう遠くも無いので、是非とも訪れてみたい場所の一つではないでしょうか。

ディレクター 宮部洋二郎
シュピッツ
白ワインを楽しむ近所の人たち
ホイリゲ酒場
撮影日記6

シュピッツからは対岸のメルクの街まで、世界遺産のワッハウ渓谷を遊覧船で渡る。日本でも人気の高い、オーストリア観光の目玉の一つ。今回「世界の車窓から」としては、鉄道ではなく例外的にこの船の旅を4日間に渡って紹介する。

ドナウ川沿いには、古城や修道院など中世から残る建物が多く存在しているが、実はその歴史はもっとはるかに深いそうだ。ヴィレンドルフという街には有名な「ヴィレンドルフのヴィーナス」と呼ばれる女性を象った像が発見されており、はるか昔に女系社会が存在していたと言われている。像が作られたのはおよそ2万年以上も昔の話というのだから、驚きだ。そんな太古の昔から、多分この川は変わらず流れているんだろう、と考えるとちょっと神妙な気持ちになってくる………と、言いたいところだが、それより何より、真夏の甲板の上は暑い。暑すぎる。朝早くからウィーンを出発して、ずっと撮影し続けていたので、さすがに疲労と暑さで頭がくらくらしてくる。神妙な気持ちに浸るよりは、川の水に思い切り全身浸りたい。降りる頃には、もう立っていられなくて、ぐったりしてしまった。でも、確かにワッハウ渓谷は相当綺麗な場所であることは間違いない。次は是非、プライベートでゆっくりと来てみたいものです。

メルクからは、再びローカル列車に乗って、さらに西のサンクト・ヴァレンティンへ。そこからは南に方向を変えて、中部の山々を迂回するようにしてザルツブルクの町を目指すわけだ。メルクからサンクト・ヴァレンティンの間には特に何かがあるわけではなく、牧歌的な風景がただ続く。こういう、異国だけど、観光地でもなんでもない場所というのは、それはそれで親近感が沸く。多分、普通に旅行に来たら、わざわざ時間とお金をかけてこういうところは行かないだろうな、と思う。こういう誰も行かないところに行けるというのは、この仕事の良いところです。

ディレクター 宮部洋二郎
シュピッツから遊覧船で出発
メルクへ向かう遊覧船 船上から
サンクト・ヴァレンティンへ向かう列車
撮影日記7

サンクト・ヴァレンティンから南に、列車で30分程行ったところにシュタイヤーという街がある。ウィーンやワッハウ渓谷、チロル地方など、オーストリア観光の目玉と比べると、日本ではそこまで有名ではないが、1000年の歴史を誇る古都で、旧市街の町並みは非常に美しい。この街はエンス川とシュタイヤー川の合流地点に辺り、シューベルトがピアノ五重奏曲「ます」を作曲したことでも知られている。実際に魚のマス料理もおいしかった。
番組では、シュタイヤーの町から出発する「シュタイヤータール鉄道」という蒸気機関車に乗車した。1889年に開通したこの路線は、狭軌鉄道としては、オーストリアで最も古く、鉄道ファンには人気の高い鉄道のようだ。今回乗車する鉄道も、「鉄道友の会」の人たちの貸し切り便。乗客の中にはすごいカメラを首から提げている人がたくさんいた。なんでも、メンバーの1人であるクリスチャンさんという方の誕生日だそうで、貸切便自体が友の会のプレゼントということらしい。

このクリスチャンさんはなかでも、大の鉄道好き。毎週、週末になると、家族を連れて必ず鉄道に乗りに行って、写真を撮るのだそうだ。クリスチャンさんは、コアな友の会のメンバーからも「病気の域に達している」と言われていた。それにしても、それに付き合う家族も家族だと思ったら、この鉄道にもやっぱり、奥さんと子供たちが乗っていた。さらに、お父さんとお母さんも乗っていて、前の奥さん(今の奥さんとは再婚)も乗っていた(!)。前の奥さんと今の奥さんを一緒に呼ぶ、というのは、なんというか、スゴイ。みんな一様にとても楽しんでいたようだから、まあ、いいけど。それも家族の絆を強める鉄道の力、ということなのかもしれない。

いずれにしても、特に子供はとても楽しそうで、将来は確実にお父さんに負けない鉄道ファンになることだろうな、と思う。いや、きっと、こういう人たちのおかげで、古い鉄道は保存されているんだろう。お蔭様でそれを撮影できるというわけで、そう考えると、大変ありがたいことです。

ディレクター 宮部洋二郎
シュタイヤータール鉄道
一斉にカメラを向ける鉄道ファンたち
魚のマス料理
撮影日記8

シュタイヤーを出発した後はゲゾイセ国立公園を抜けて、南回りでザルツブルクを目指す。ゲゾイセ国立公園を通るローカル列車は土日しか運行していない、ちょっとレアな電車だ。でも、車窓から見える緑の森と荒々しい石灰岩がむき出しの山々を望む光景は、思わず圧倒される。一味違ったオーストリアを見るという意味では一見の価値ありだ。

ゲゾイセ公園を抜けると、広い谷間に出る。この辺りはすり鉢状の地形で、斜面にも森よりも草原が広がっているので、山の斜面に登ると、谷の様子を一望出来る。ヨーロッパのおとぎ話の中に出てくるような光景で、思わずため息が出てしまう美しさだ。先日紹介したシュタイヤーの「ます」もそうだが、多くの音楽が生まれたオーストリアの礎に、こういう美しい景色というのがあるのだろうなあ、と思う。もちろん、僕は音楽は作れないが、景色を見ていてこういう音楽が合うかも、とは考える。

音楽と言えば、「世界の車窓から」では撮れた車窓の美しさや人々の出会いのおもしろさと同時に選曲も一つのポイントだ。何百曲という音楽を聞いて、その情景にあった音楽を使用させていただいている。現地のCDを使用することもあれば、最新の楽曲、ジャズやクラシック、時にはCDのない音源を使うこともある。10月16日のハイドンホールの演奏のように現場で収録したものや、他にも11月9日に放送されたYutaka Itoさん、12月4日放送の青葉市子さんの曲もそうで、CDになっていない。今回は音楽祭もいくつか取材している会があるが、そういったものも同様だ。「この曲どうして何も書いていないの?」と思われる方がいると思いますが、そのような事情がありますのでご了承いただければと思います。他にも時には、海外に問い合わせて使用許可の確認をとったりと、けっこう大変です。それでも、この情景にはこの曲が絶対に合うと思えば、最大限努力して使用するようにしています。こだわりと言えば、こだわり。何を意図してこの曲なのか、なんて目線で番組を見ていただくのも、楽しんでいただけるかも知れません。
(※青葉市子さんに関しての情報は公式HP「http://www.ichikoaoba.info/」)がありますので、興味を持たれた方はそちらをご覧下さい。)

ディレクター 宮部洋二郎
石灰岩がむき出しゲゾイセ国立公園の山
ゲゾイセ国立公園を走る列車
おとぎ話のような風景
撮影日記9

前にも書いたことがあるが、オーストリアの列車はおおむね時間に正確だ。でも、時には多少遅れることがある。この「時には多少」が、撮影の時には大変困る。今回のロケでも大幅に遅れたことが一度あった。よりによって、空撮のタイミングだった。

それはザルツブルクの南に位置するビショッフスホーフェンという街から、ザルツブルクまでの列車を空撮するときのことだ。ヘリコプターは燃料の都合上、長くは飛べない。列車の出発が遅れると、燃料が切れて何も撮れないまま引き返す、ということにもなりかねない。それは何としても避けたい。飛ぶ前に、列車の運行状況を念入りに確認。その時点では遅れているという情報は入っていなかった。でも、念には念を入れて、撮影助手の佐藤さんにビショッフスホーフェンの駅へ車で向かってもらう。万が一、突然の遅れが発生したときには連絡をもらうことにした。

出発して数分後、空の上で僕の携帯が鳴った。電話に出ると、佐藤さんの大きな声が聞こえた。「列車が遅れています!」。なんと、20分ほど遅れるというのだ。飛行予定時間は50分程度なので、途中でもたなくなる。パイロットは、しばらく考えて、燃料を節約するために一旦着陸することに。このあたりは牧草地帯が多く、幸い着陸するのは難しくないらしい。ほどなくして、ポイントを見つけて着陸に成功。結局、このため、燃料を消費せずに無事撮影することが出来た。備えあれば憂いなし。佐藤さんからの連絡がなかったら危なかった。良かった~…いろいろ大変なんです。ホント。

さてザルツブルクである。映画「サウンド・オブ・ミュージック」の舞台となった、メンヒスベルクの丘から撮影。40年以上前に撮られた映画の風景と変わらぬ街並み。ここがヨーロッパの良いところだ。ちょうどザルツブルクは音楽祭で盛り上がっている時で、楽しい画も撮れて良かった。

ちなみに、また音楽の話になるが、ザルツブルク周辺の回(12月7日と8日)で使用しているのはTrapp Family Singers。サウンド・オブ・ミュージックのモデルになった実在のトラップ・ファミリーの曲。ナチスの手を逃れて、オーストリアを追われたトラップ・ファミリーは、その後、アメリカに渡って音楽活動で生計を立てていたそうです。そんな実際のトラップ・ファミリーの物語にも思いを馳せてみるのも、楽しいかもしれませんね。

ディレクター 宮部洋二郎
空から見たホーエンヴェルフェン城
ビショッフスホーフェン~ザルツブルク間の空撮
メンヒスベルクの丘
撮影日記10

ザルツブルクの街を出発したあとはエーベーベー・オイロシティという長距離特急列車に乗って、オーストリアの西端の街、ブレゲンツを目指す。この路線は、一旦オーストリアの国境を越えて、ドイツ領内を走った後で再びオーストリア領内に戻る。特に駅に停車はしないので、ドイツの風景は車窓からのみ楽しむことが出来る。ドイツと言うと、厳かなイメージがあるが、そう思って眺めると、家や教会の形もなんとなくオーストリアに比べて重厚な感じがする。

再びオーストリア領内に入ると、そこは有名なチロル州。アルプスの山々が見えてくると程なくして、列車はインスブルックに到着だ。チロル州の州都であるこの町は、過去に2度の冬季オリンピックが開かれたことでも知られている。ヘルツォーク・フリードリヒ通りを中心とする旧市街では、大道芸人たちやストリートミュージシャン達が観光客の目を楽しませてくれていた。

インスブルックはグラーツやウィーンと同じように、路面電車が街中を走っており、移動には便利な街だ。その路面電車の中に、一風変わった電車がある。「STB」と表示されている電車がそうで、これに乗ると、路面電車なのに街を飛び出してしまう。この列車はシュトゥーバイタール鉄道と呼ばれ、シュトゥーバイ渓谷を抜けて、インスブルックの南に位置するフルプメスを目指す、路面電車だけど郊外の山間を走るという列車なのだ。

さっそく、朝、このシュトゥーバイタール鉄道に乗り込んでみると、しばらくして車窓には谷のたいそう美しい景色が広がる。いやあ、綺麗だ!でも…残念なことに車内には驚くほど人がいない。車窓が綺麗でも、車内に人がいないと、編集が辛くなる。それは困ると言うことで、夕方にインスブルックに戻ってから、もう一度乗車することに。すると、今度は朝とは逆に超満員!逆にこうなるとカメラマンの身動きがとれなくて困る。ほとんどの人はハイキング客のようだが、どうして朝は誰もいなかったのに、夕方にこんなに混むのだろう?普通、朝出発して、夕方帰ってくるものじゃないだろうか?よくわからないけど、それでも誰もいないよりは人々の様子が撮れたので、まあ、いいかあ。

ディレクター 宮部洋二郎
ほとんど人の乗ってないシュトゥーバイタール鉄道
渓谷を行くシュトゥーバイタール鉄道
夕方のインスブルック旧市街
撮影日記11

シュトゥーバイタール鉄道の終点、フルプメスに着いた後は、ロープウェイに乗って、氷河を撮影に行く。山の上の気温は氷点下1度。寒い!雪が降っている!でも…よく見てみると、氷河が解け出して川が出来ている。近年は気候が暖かくなったせいで、20年前に比べて、高さにして30メートルほども氷河が後退してしまったらしい。「温暖化」。その影響を目の当たりにすると、けっこう衝撃的だ。昔は夏でも楽しめる氷河スキーが有名だったのだが、今は氷河を守るために行われていない。ただ、氷河を望む「氷河ハイキング」は今でも行われているので、興味のある方は是非行ってみると良いと思う。

その後はインスブルックに戻って、再び西へ向かう。1884年に開通したインスブルック~ブルーデンツの路線はアールベルク鉄道と言われ、オーストリア鉄道旅でもハイライトの一つだ。番組としては、この鉄道の見所を2箇所紹介。一つはランデックの駅を出てしばらく行ったところにあるトリサンナ橋。長さ230メートル、高さ88メートルのこの橋は、切り立った峡谷を越える美しい橋で、多くの絵葉書に登場するアールベルク鉄道のシンボルだ。車窓を見ていると、突然視界が開けて深い谷が現れる。10秒程で渡り切るので一瞬の絶景だが、一見の価値ありだ。

もう一つはサンクト・アントン駅を出てすぐのところにある、アールベルク・トンネル。アールベルク峠を抜ける、長さ10648メートルのトンネルだ。サンクト・アントンから4.9キロメートル、列車はこのトンネル内で標高1310メートルの最高地点に到達する。アールベルク・トンネルは、1994年に同じチロル州にある12696メートルのインタールトンネルが開通するまでは、国内最長のトンネルだった。工事は難航したそうで、1日最大5000人を越える作業員が従事し、92人の犠牲者が出たそうだ。皇帝フランツ・ヨーゼフ1世も視察に訪れたということなので、国を挙げた一大事業だったのだろう。アールベルク峠は、山越えの難所で、冬のオーストリアではこの山を挟んで分断されてしまっていた。この鉄道が開通したことで、峠の両側の人たちには莫大な利益がもたらされたということだ。

それにしてもこうした工事には必ず多くの犠牲者が出る。でも、その人たちのお陰で、こうして番組にもなると思うと、ご冥福を祈らずにいられません。ありがたいことです。

ディレクター 宮部洋二郎
アールベルク鉄道 車内の人
トリサンナ橋を渡る列車
シュトゥーバイ氷河
撮影日記12

アールベルク・トンネルを抜けると、外は小雨が降っていたので残念ながら番組では紹介できなかったが、実はトンネルを抜けてからブルーデンツに至る間の景色は大変美しい。オーストリア・アルプスの景色を楽しみたいなら、サンクト・アントンかブルーデンツに宿をとるのがおススメだ。また、この辺りはスキーの名所としても世界的に有名で、冬はスキー客で賑わう場所だ。雪深い冬の車窓もおもしろいかも知れない。

ほどなくすると、アールベルク鉄道の終点、ブルーデンツ駅に到着する。目的地のブレゲンツまではもう少しだが、ここで再び寄り道。この駅からはモンタフォン鉄道という、黄色と赤のツートンカラーの可愛い2両編成の列車が、南の谷間に沿って走っている。この列車に乗り換えて、シュルンスという街まで行ってみる。

アルプスの山の中の列車だが、雰囲気は観光列車というよりは、この地方の人々の生活の足という感じ。乗客も観光客よりも地元の人が多く、生活の匂いが感じられる。特筆することがあるわけではないけど、こういう人々の触れ合いが楽しめる列車というのもとても好きです。終点のシュルンスでは、トリオ・モンタフォンというグループにお願いして伝統的なヨーデルを収録。生で聞くと、やっぱり良い。ところで、オーストリアの人たちはお祭りの時や、歌い終わったりすると「ヨーッホーホー!!」と大きな声で叫ぶのがとっても楽しい。山の上で「ヨーッホー!」。良く響く声だ………ん?でも、ナンか、聞いたことがあるぞ。そう言えば、日本でも山の上で「ヤッホー」と叫ぶ。もしかしたら、この語源って、ヨーデルなのかもしれない。早速調べてみると、確かに諸説あるうちの一つに「ヨーデルの呼びかけ」というのがあるようだ。「へー、やっぱり」という感じですが、実際に聞いてみると、実に納得感があります。

(※1月8日(土)の回もCDは発売されておりません。
情報はこちら「http://hanatico2.exblog.jp/」)

ディレクター 宮部洋二郎
アールベルクトンネル~ブルーデンツ間の風景
赤と黄色のモンタフォン鉄道
モンタフォン鉄道 車内の人
撮影日記13

オーストリアの西の果て、ブレゲンツ。ちょうど、街を撮る頃には日が傾き始めていて、美しいボーデン湖の夕景がうまく撮影できた。ザルツブルクと同様、この街でも夏の間、音楽祭が行われる。メイン会場の前では着飾った人々がやっぱりオペラの開演を待っていた。何だろう、オペラを見るというのは一つのステイタスなのだろうか。ラフな格好をした紳士、淑女は一人もいない。僕の格好は、ジーパンにTシャツ。カメラマンの辻さんは頭にタオルを巻いている。ラフすぎる。仕事だから仕方が無いが、これじゃあ、会場の中には絶対に入れないなあ。でも、もともと内観を撮影する予定は無いので良いのだ。ちなみに、このブレゲンツ音楽祭ではボーデン湖の上で開かれる「湖上オペラ」が大変有名です。もし、夏にこの街を訪れるならば、足を運んでみるといいかもしれない。

ブレゲンツを撮影した後は、いよいよ最後の鉄道「ウェルダーベーンレ鉄道」に乗る。シュヴァルツェンベルクというブレゲンツ郊外の村から5キロ程南のベーツァウの町を目指す、蒸気機関車だ。小さな路線なので日本ではあまり知られていないが、今回のオーストリアの旅の中でも、このブレゲンツ郊外の景色は格別に美しかったように思う。駅の構内で伝統のアルプホルンの音が響き渡ると、小さな機関車が汽笛を鳴らしてゆっくりと動き出す。緑の草原を走る小さな機関車。デッキに立って、オーストリアの旅に思いを馳せてみる。「良い国だったなあ…。あー、まだ帰りたくない…。」と、思ったら、あっという間に終着駅。わずか20分。短すぎるっ!

ところで、よーく見ると分かるのだけど、最終回の「アルプスの風景」に出てくる牛飼いのおじさんは、ウェルダーベーンレ鉄道でアルプホルンを弾いていた人と同一人物。ピウスさんといって、アルプスの自然と伝統をこよなく愛する方だ。なんと、あのアルプホルンは自作なのだとか。いろいろ話を聞いてみると、本業は牛飼いということ。面白そうなので、その場で撮影交渉をして撮らせていただいた。「世界の車窓から」は常に現場勝負。こんな一つ一つの小さな出会いの積み重ねが長い旅の物語になっていくのです。

さて、3ヶ月に渡るオーストリアの車窓の旅、いかがでしたでしょうか?何かしら心に残る回があったらば、幸いです。最後までボンヤリした日記で申し訳ないのですが、今回でお別れです。どうも、ありがとうございました!

ディレクター 宮部洋二郎
オペラの開演を待つ着飾った人々
草原を走るウェルダーベーンレ鉄道
アルプホルンを弾くピウスさん
ページの先頭へ
過去の撮影日記
エジプト編撮影日記
エジプト編の撮影日記が、福本ディレクターから届きました!
ロシア編撮影日記
ロシア編の撮影日記が、宮崎ディレクターから届きました!