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身長
163センチ(ここ1,2年で伸びました!)
出身地
高知県生まれの、基本東京育ち(転校生)
出身校
慶応義塾女子高等学校→
慶応義塾大学文学部文学科国文学専攻
入社年月日
1996年4月1日
星座
乙女座

7/24    「E.T.とドラえもん」 9歳少女・はぎのしほこの手紙。


みなさんこんにちは。(ニュースルームにて、本番終了後。)


ドラえもんになった東京タワー。E.T.からも見えたかなあ。

 

E.T.とドラえもん    (「おはぎ帖」auヘッドライン/テレ朝プラスにて連載2013.7.8号)

作品を、小説と映画の両方で愉しむのって、ならではの面白みがありますよね。
読んでイメージした登場人物の姿や情景が大切なものになっていて、
映像で鑑賞するのを臆してしまうなんて場合もありますが、
そんな心配を飛び越えてくれるような映画に出会えるのも、また幸せなこと。

「原作小説→映画」という順に作品を愉しむ味を初めて知ったのは、
7歳のことでした。

伝記『ヘレン・ケラー』読書→映画「奇跡の人」(1979年公開)鑑賞。
初めての、本と映画両側からのアプローチ。
すっかり、「原作小説→映画」順で愉しむことに味を占めた、7歳少女萩野は、
やがて「映画→原作小説」順にも手を染めてゆきます(笑)

その最初の作品が「E.T.」。
そう。かのスティーヴン・スピルバーグ監督による「E.T.」です。
映画公開は、9歳の時のことでした。
確認したら1982年公開とありましたので、
もうすぐ10歳になる頃だったのですね。
主人公エリオット少年役のヘンリー・トーマスは、1972年生まれ。
萩野も同じ年の生まれですから、エリオット少年と同じように、
自転車が、
自分の行動範囲を広げてくれる大事な相棒である9歳時分にいたわけです。

自転車とのつき合いの濃さが、大人とはだいぶ違います。

そんな自転車の前カゴにE.T.を乗せて、空を飛んだ彼!
誰よりもうらやましい9歳児。

子供部屋のぬいぐるみエリアに、映画のようにE.T.が隠れていやしないか凝視したり、
思いっきり思いっきり漕いだらワタシの自転車だって空を飛べるんじゃ?と、
切実に、ペダルをマッハ漕ぎしたり。

こうして、映画「E.T.」に射抜かれた9歳のわたしは、
とにかく「E.T.」に関わっていたくて、原作小説に手を出します。

「E.T.」の原作は、大人用SF小説でした。
9歳少女は固まります。
「全然E.T.じゃないよお。」
なにしろ、E.T.が怖いのです。
もとになった小説ですから当然こちらが先なわけで、
「E.T.じゃない」だとか、文句を言われる筋合いは全くないわけですが、
映画「E.T.」を観た後の9歳、
ということに立ち返っていただくと、想像していただけるかと思います(笑)

スピルバーグの映画「E.T」に出てくるE.T.が好き!スピルバーグ凄い!天才!
どなたでも知っていることですが、
当時現在進行形の実体感として、こどもの心の底から、こう思ったのですね。

こうして、「映画→原作小説」順の初体験は、映画の圧勝として刻み込まれました(笑)
今思えば、「E.T.」において映画見たあとに原作本て。
そりゃそうなるでしょうよ9歳少女よ(笑)

そして。
この物語が、
大人萩野志保子にも大きな衝撃を与える伏線となっていたとは、
誰が想像できたでしょうか。

30代後半から40代前半の方でしたら、
1980年公開の映画ドラえもん「のび太の恐竜」が、初めての映画鑑賞だという方も少なくないと思います。
私にとっては、
子供同士だけで初めて観た映画が、「のび太の恐竜」でした。
当時7歳。(ちなみに初めて見た映画は6歳、スピルバーグの「未知との遭遇」)

「のび太の恐竜」。名作中の名作ですよね。

スピルバーグ監督も、
1980年来日した際、映画「のび太の恐竜」を鑑賞したそうです。
それだけでも身震い級の驚きですが、
更に!
それが、映画「E.T.」に影響を与えているそうなのです。


衝撃。


この輝ける逸話が雑誌のインタビューなどで公開されたのは1990年代のことのようですが、私は最近になって知りました。


もう、胸がいっぱいですよ。


「少し不思議」の「S.F.」=藤子・F・不二雄先生の世界が、
あの、映画「E.T.」につながっていた。

9歳のわたし。
未来に出木杉くんの声優となって、
映画ドラえもん「のび太の恐竜2006」にも参加しているのだよ。
なんて知ったら、どれだけ混乱することでしょう。

タイムマシンに乗っても、おしえてあげないほうがよさそうだな。



萩野志保子
(【auヘッドライン】テレ朝プラスにて連載の「おはぎ帖」より 2013.7.8号)

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