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モロッコ撮影日記1 Janvier 20 (Jeudi) 東京からパリ経由で約21時間、飛行機の窓から、降り注ぐ陽光を浴びて輝くパッチワークのような田園が見えてきた。『光の国』モロッコの風景だ。 カサブランカの空港からマラケシュに向かう。モロッコは明日から犠牲祭(イスラム教の祭礼)が始まるので休暇中なのだという。日本のお正月休みといった所か。ホテルにチェックイン後、夕食を兼ねて野外レストランでファンタジアという、かつての騎馬戦を再現したショウを撮影する。クスクスやタジンといった食事は美味しいし、騎馬戦も見応えがあるのだが、冷え込みが厳しく寒い。 21 (vendredi) 日の出と共に始まった犠牲祭のお祈りを、礼拝所を見下ろすテラスで撮影。昇る朝日を浴びながら、祈りを捧げる五千を越す人々、荘厳な光景だ。 その後、一般家庭を訪ね、犠牲祭最大のイベントである、羊を神に捧げるシーンを撮影する。各家庭で1頭ずつ、この日のために購入した羊を、家長であるお父さんが包丁で息の根を止める。流れる血と羊の表情は、考えようによっては残酷かもしれないが、イスラム教徒にとってはかかせない儀式だ。この羊はすぐに解体され、お母さんがケバブにし、家族みんなで食べる。言ってみれば御節料理だ。御馳走になった中ではレバーの塩焼きが特に美味だった。 午後近郊で列車の走りを撮影、列車はほぼ定刻で走っていて一安心。気温も日中はぽかぽかして心地良い。近所の村で掌にヘナという染料で模様を描いた少女たちに出会う。お祭りで、ちょっとお目かし、といったところか。 マラケシュの名所、ジャマア・エルフナ広場は、お祭りの初日ということであまり活気がなかったが、とびきり美しい夕空が撮れたので良し、としよう。 22 (samedi) 朝7時。まだ暗いマラケシュ駅から列車に乗り、ベングェリールに向かう。駅を出発すると同時に、空に光がグラデーションを描き、やがて朝陽が昇り始めた。あたかも宇宙を思わせる光景は、まさに『光の国』と呼ぶのに相応しい。 ベングェリールで、ローカル線に乗り換え、大西洋岸の港町サフィに向かう。 犠牲祭を向かえ、里帰りや親戚を訪ねるという家族連れの穏やかな表情が印象的だ。おまけに窓の外を流れる田園風景も美しい…、手応えあり。
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モロッコ撮影日記2 Janvier 23 (dimanche) 犠牲祭の休暇でサフィの町は活気が無い。陶器工房が集まった地区に向かう。丘の斜面に並ぶキューポラ状の窯が面白いのだが、煙が出ていないのが寂しい。街角で壁に何やら光る模様を発見。近付くと陶器の破片を使ったモザイクだった。なる程いいアイデアだと感心していると、窓から手を振る男性がいた。話し掛けると、陶器屋の主人。頼み込んで店の中と、陶器を撮影する。紺碧と黄色の陶器が、大西洋の夕暮れの色を連想させて美しい。 昼前から田園に向い、13時過ぎに通過する列車を待つ。昼食の時間だが、こんな田舎では食堂などあるはずもない。我慢するかと、覚悟を決めようとした時、運転手のイシャム君が、御盆にケバブを乗せ、ティーポットを持った人を連れやって来た。近くの農家に頼み込んだのだという。列車を待ちながら野原にゴザを敷いての昼食。最高の味だ。地元の人の人情に感謝…。 田園地帯を走る列車を二ケ所で撮り、ベングェリールへ。途中で偶然にも列車に遭遇、並走ショットを撮る。その後、踏切で夕焼けの中を走る列車を撮ってホテルへ。ホテルは地元の人たちが利用する素朴な宿で中々味があった。 24 (lundi) 夜明け前、ホテルをチェックアウト。朝陽を浴びて走る列車を撮り、その後、道無き道を走り、山間の鉄橋へ。赤土の山に、萌え始めた麦の緑が鮮やかだ。列車はほぼ定刻に鉄橋を渡る。とてもいいカットが撮れた。 ベングェリールに戻り、またまたケバブの昼食。すっかりモロッコが馴染んで来た。15時25分駅に向かい、待合室や通過する列車を撮影。16時1分、フェズ行きの列車に乗り込みカサブランカに向かう。この国の人々は一見取っ付きにくいが、気心が触れてくると、気さくな人ばかりだ。車内で、英語が上手な若い女性と知り合う。この国では仏語が一般的で英語はあまり通じないのだが…。聞けばエジプトでスチュワーデスをしていたという、国際派の女性だった。この国の女性たちも、積極的に社会に進出し始めているようだ。列車は、夕陽を浴びて輝く風景の中をしばらく走る。17時を過ぎた頃から通勤客で混み始め、18時40分、陽がとっぷりと暮れたカサブランカに到着。そのまま旅を続ける少女が、発車と共に窓から手を振ってくれた。「Bon Voyage!」と声をかけ、撮影を終わる。
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モロッコ撮影日記 3 Janvier 25 (mardi) 7時35分、カサブランカの二つある駅の一つ、カサ・ポール駅から撮影を始める。次々と列車が到着し大勢の人が降りて来る。都会のラッシュアワーだ。とはいっても東京と比べれば、穏やかなものだが。 出発前に撮影の馬場さんが大量の飴を買い込む。イスラム教の人々(特に女性)は撮影を嫌がる人が多く、中々打ち解けた撮影が出来ない。そこで、まず子供たちに飴を配って、仲良くなってからその家族を撮影しようという作戦だ。 乗車予定のエル・ジャディーダ行き列車は、日本で立てた予定表には8時30分発となっていたが、実際には8時18分発。おまけに出発直前にホームが変更になるなど、乗車するまでは慌ただしい撮影となった。列車は3両編成で青と緑に塗られた流線形で、なかなかスマートだ。幸い座席がコンパートメントではなく、飴作戦も功を奏し、乗客たちの楽しげな表情が撮れた。 エル・ジャディーダはポルトガル人によって造られた町で、中々味わい深い町だ。特に面白かったのは、城壁の中にあるパン焼き窯。人々は、パン生地をここに持って来て、焼いてもらうのだ。昼食には、この窯で焼いたパンと鰯の炭火焼きを食べる。アリサという香辛料をパンにつけ、鰯と一緒に食べるのだが、これが中々の美味。 26 (mercredi) 8時15分発の列車でカサブランカからフェズに向う。まだ犠牲祭休暇が続いているせいで、子供を連れた家族が多い。今日も飴作戦は大成功だ。途中のシディ・カセムを過ぎると列車は山間を蛇行しながら走り始める。車窓をオリーブ、葡萄、麦といった作物が育つ美しい田園風景が流れて行く。撮影が波に乗ったと思った頃、突然馬場さんの顔が曇った。カメラの調子がおかしい。技術の鈴木君が懸命に調整を繰り返し、撮影を続ける。 迷宮都市と呼ばれるフェズ。入り組んだ坂道を昇り降りしながらの撮影は結構疲れる。おまけにカメラの調子も良くならない。だましだましの撮影が続く。 夕方、丘の上から、暮れ行くフェズの町を撮る。黄昏の空、明かりの灯った町並。ただ見ているだけなら美しい風景。しかし、冷風が吹き荒みとにかく寒い。この寒さは映像には映らない。「大変です。明日から寒波がやって来ます」夕食時、コーディネーターのカラティ君が呟いた。ウーン、運を使い果たしてしまったのか…。
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モロッコ撮影日記 4 27 Janvier (jeudi) 寒い!フェズの町を取り囲む山並に白い雪らしきものが見える。8時にホテルを出発し、旧市街へと撮影に向かった。とにかく寒い。モロッコにはスキー場があることも、冬が来ることも知っていたし、それなりの心構えは出来ていた筈だったが、ここまでとは…。おまけに、揚げパンを売る店から撮影を始めたのだが、いきなりカメラが回らなくなる。1カットごとに、鈴木君の調整が続く。モロッコの撮影はまだ1週間残っているし、その後にはチュニジアもある。取りあえず、日本に電話し、対策を相談する。 10時半過ぎ、アルジェリア国境の町ウジダ行き列車に乗るため駅に向かい、外観から撮る。空は晴れているが、寒風と共に何やら白いものが舞う。風花か? およそ1時間遅れて到着した列車に乗る。紺碧の水を湛えたイドリス1世ダム、車内でお弁当を食べながら話す青年とその父、元気な子供たち、そして甘いムードの新婚さん。カメラは何とか回っている。列車が山間部に入り始めると辺りがどんどん暗くなり始めた。ドアを開け、身体を乗り出して撮影していた馬場さんが、声をあげる。『シベリア鉄道みたい!!』見れば、空から舞い落ちる雪が辺りを包み込み始めている。モロッコの雪。何とも不思議な気分だ。 列車は雪の中を走り続ける。不安気な人、楽しそうな人…、人々の表情も様々だ。途中、雲間から陽射しがこぼれ、白銀の世界を輝かせる。車内で、小さな雪だるまと戯れる、幼い子供たちを見つける。思い出してみれば、子供の頃、めったに雪の降らない地方に生まれた育った僕も、稀に雪が降ると、気持ちがワクワクしたものだ…。などと思っていると、さあ大変。陽が沈むと、再び雪が降り始め、終点のウジダは吹雪と言っていい程だ。慣れない雪の中で戸惑う、列車を降りた人々、それを出迎える車の波。大混乱の駅前を撮って撮影を終わる。コーディネーターのカラティ君が、予約してあったホテルをチェックした所、お湯の出が悪いとのことでチェンジ。お陰さまで、チェックイン後、熱いシャワーで身体を暖めることが出来た。カラティ君に感謝!! 夕食時、鈴木君から、カメラは深刻で、正常な状態に直すのは不可能。今の状態を維持するのが精一杯との報告を受ける。 夕食後、窓の外を眺める。雪は深々と降り続いている。交差点には、動けなくなってそのままにされた自動車が、何台も乗り捨てられている。さて、明日はどうなるやら…。
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モロッコ 撮影日記5 28 Janvier (vendredi) 朝食前、2つの問題で日本と連絡を取る。1つはカメラの故障、これは新しいカメラをチュニジアに届ける手配をつけてくれたとの事。2つ目は、このまま雪が止まずウジダに閉じ込められた場合のスケジュール。これも、調整はつくとの事で一安心(日本にいるスタッフの後方支援に感謝)。 朝食後、町に出る。雪は止んでいるが、辺り一面積雪で真っ白、いたる所にスリップ事故を起こした自動車が転がっている。まず駅前から撮影を始める。駅に人の動きがあるので確認すると、9時50分到着予定の列車が、約1時間程度の遅れでやってくるとの事、早速列車の走りを撮りに行くことに。ところが、ドライバーのイシャム君が調達したタイヤチェーンのサイズが合わない。幹線道路も積雪で封鎖されていると、なかなか大変。回り道をしながら、スロー走行で郊外の鉄橋に辿り着き、列車が来るのを待つ。周りの民家では人々が慣れない手付きで雪下ろしに励んでいる。でも、時折子供だけではなく、大人も混じって雪合戦をしたりしていて、深刻な雰囲気はない…。深刻なのは、ろくな防寒具を用意して来なかった僕たち日本人スタッフだ。下着やセーターを重ね着しているのだが、とても意味をなさない。待つこと約40分、列車が雪煙を巻き上げて通過。寒さに耐えながら待った甲斐があった。 町に戻ると、人々も通常の生活を取り戻し始めたらしく、活気がある。ここはアルジェリアとの国境が近いため、民間貿易で様々なものが安く入ってくる。某有名スポーツメーカーのマークが入った毛糸の帽子が、何と日本円で約140円。似合う、似合わないはこの際気にしないことにして、寒さ対策に購入。公園で、雪をバックに記念撮影している元気な娘さんや、様々な国から輸入されたCDを売る店等を撮ってウジダを後にする。道路封鎖も解け、太陽が顔を出し、美しい銀世界が続く。途中列車の走りを一つ撮って日没後、フェズに到着。 29 (samedi) 昨日までの雪が嘘のような穏やかな天気の中、まず古都メクネスへ。歴史の染み込んだ町並も、人々の表情も、陽射しに輝いて見える。今日は昼食の時間をとる間もないので、駅前の食料品店で鰯の缶詰とパンを購入し、移動しながら食べる。鰯は少し前に撮影したサフィ製でなかなか旨い。聖地ムーレイ・イドリス、古代ローマ遺跡ヴォルビリス、カメラも機嫌が良く、スムーズに撮影が進行。夕方、一路タンジェへと大移動して終了。
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モロッコ撮影日記 6 30. Janvier (dimanche) 雲の流れが速く、陽射しが次々に変化し、白いタンジェの町の表情を変える。 海峡の向こうに浮かぶスペインの山並。紺碧の海を渡る幾艘もの連絡船。美しいプラージュ。タンジェはいつ来てもエキゾチックなムードが漂っている。 8時~10時過ぎまでタンジェを撮影した後、アシラへと向かう。小さいながらも味わいのある港町だ。真っ白に塗られた家の壁に描かれた大きな絵画。 これは夏に開催される芸術祭の時に、集まった芸術家たちが描いたものだ。カラフルな町と同じような色の洋服を着た子供たち、骨董屋の渋い主人、みんな絵になる。2時過ぎ町のレストランで海の幸を食べ、何とも立ち去りがたい気分を胸にタンジェに戻る。迷路のような路地に息づく人々の生活。ここには過去と現在が混在しているかのようだ。夕暮れまで町と人々の表情を撮って終了。 31.(lundi) 8時30分、タンジェ・ヴィル駅へ。郊外にあるこの駅は、竣工間もない新しい大きな駅だ。港の近くにあった古い駅も雰囲気があって良かったが、近代的なこの駅も、モロッコの新しい顔といった感じで、中々良い。コーヒーショップではイタリアのエスプレッソも飲める。11時発の列車で、シディ・カセムへ。天気も良く、緑の田園、白い塩田、放牧された駱駝など、風景も輝いて見える。大きな石油精製所のあるシディ・カセムで途中下車、町に向かう。町は整然としていて、人々の生活感があまり感じられなかったが、昼食の羊の焼き肉は美味だった。16時41分発の列車でラバトへ向かう。この路線がモロッコ最後の乗車になる。“光の国”と呼ぶのに相応しい黄昏の空、乗客の一団が歌う民族音楽…ちょっと感傷的な気分だ。 1. Fevrier (mardi) まずラバト近郊を走る列車を3カ所で撮影。この所調子の良かったカメラだったが、3カット目の時に回らなくなる。鈴木君が懸命に調整し、カットの頭は少し欠けたが何とかなる。その後、ラバトの町を撮って、夕方カサブランカへ。 あと一日、カメラよ、壊れないでくれ。 2.(mercredi) ハッサン2世モスク、ハッブース街、モハンマド5世通りのアールデコ建築。カメラは保った。午前中かけてカサブランカの町を撮って、モロッコの日程を終了。犠牲祭から始まった今回のロケ、振り返れば色々なことがあったが、何とか最後まで漕ぎ着けた。考えてみれば、普通なら中々撮れないモロッコの雪が撮影出来るなんて、神様の贈り物だったのではないだろうか…。 Fin
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