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「撮影日誌1」 イタリアでまず驚いたのは踏切。遮断機が下りるのが早いったら。計ってみると、列車が通過する8分前から下りているところもあった。列車の走る姿を撮影する場合、近くに踏切があるのは好都合だ。というのはもちろん列車の接近を知らせてくれるからなのだが、外国ではぎりぎりまで遮断機が下りないところもあったりして慌てた経験はあるものの…ここは違う。違いすぎる。「さあ、来るぞ」とカメラを構えたはいいが、いつになっても来ない…。そんな時、つい「踏切の故障では?」などと疑ってしまうのがイタリアに対して失礼なところなのだが、でも疑問疑問疑問、となってくる。とは言え、見れば遮断機の前には人も自転車も自動車も待っているので、そんなものか、と思い直し。すると、そのうち列車が来るのだが、気が長いとも思えないイタリアのトラック運転手とかが、よく我慢できているものだと感心したりもする。 成田から降り立ったミラノは、まだ夏という感じで気温も30度近い。快晴。でも、色づいている木もあるあたりが興味深い。「気温は下がらないけど、一応そろそろ季節だし」というような心遣いを木によっては持ち合わせているのか。 さてミラノといえば、やっぱりドゥオーモということになるわけだが、ファサードの一部が補修・清掃のために組まれた足場に隠れて見えない。この作業、何年も前から続いているのだと思うが…まだやっていたのね。でも、そもそもドゥオーモの建設は500年くらいかかっているので、最初に作った部分は完成するまでに何十回か補修したんだろうし、いつも建物のどこかは補修・清掃中というものなのではないかとも思うわけだが、でもファサードがこれだと、なかなか撮影には辛いところ。ミラノでは他にナヴィリオやファッション街やカツレツを撮影。「短い番組なのにそんなに撮ってどうする!」という声も方々から聞こえてくるわけだが、まあ、自分が見たいという欲求の産物というのが正直なところか。 まずは、ミラノからイタリア国鉄に乗ってコモへ。続いて、レッコを経由してティラノまで。こうしてまた旅の始まり始まり。
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「撮影日誌2」 ミラノは快晴だったが、その後天気は徐々に悪化。コモでは曇天となり、ヴァレンナでは大雨。コモ湖とこの番組は相性が悪いらしく、前回のロケでも雨に降られていたが、今回は嵐と言ってよい天気となり、山の上の方は白く雪が積もっている。いや、こんなはずではなかったので、一応の防寒着は持ってきているものの、早くも不安な展開となってきた。 急な岩山が、すとんと湖に落ちる感じのイタリア湖水地方の地形は独特な美しさがあり、狭い湖畔の土地には、教会を中心にイタリアっぽい建築が集まった村々が、まるで絵のようで、いっそうこの天気がうらめしい。でも、これらの村々と列車を絡ませるのは難しく、というのも列車は斜面の上か下か、又はトンネルの中を通っていて、村と一緒のフレームに収まるアングルが見つからないからなのだった。湖に出れば或いは?いや、今日の波じゃどのみち撮影は、できはしない。そう、踏切でも困惑させてくれたイタリアだが、線路が見渡せる場所が少ないのにも苦労しっぱなし。難儀してます。 コモ湖を離れた列車は、アッダ川の谷間に沿って東へ。両側に山が迫っており、山の中腹に点々と村が続いている。それぞれの村には教会があり、これがまた風情があってよろしい。何か、古い古い物語の舞台にいるような感覚。しかし谷間や線路・道路沿いに人が住むのは当然として、山の中腹に点々、は何だか不思議。駅までの往来だって、急斜面を降りたり登ったりで大変だし。と、コーディネーターのエリザさんが答えるには、昔は谷間の川が氾濫して、人が住めるような場所ではなかったということだ。なるほど、今は水量も大したことはないアッダ川だが、治水も何もないころ、雪解けの季節には毎年大きな洪水が、この谷を満たしていたことだろう。それで、村も道も山の中腹に張り付くようにできてきたわけか…。でも、農業とかもあるはずなのに、さすがにあの斜面では麦もできないだろうし、ジャガイモでもなく、トマトでもなく、などと思ってよく見ると斜面はブドウ畑というところが圧倒的に多い。なるほど、急斜面にはブドウですか。日当たりと水捌けは確かによいかもしれないけど、でも収穫はやっぱり大変そうで、高齢化とか後継者問題とかないんですかね、この辺りの農業は…大きなお世話ですが。 ちなみに、ヴァルテッリーナ・ロッソというD.O.C.格付けの、かなり有名なワインの産地がこの辺り。
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「撮影日誌3」 イタリアからスイスへと、列車の旅は続く。 スイスのコーディネーターは今回も安東さん@グリンデルワルト。若き日々は、北海道の雪原でSLを追い、今でも富士山を3時間で登るというタフさを誇る。 スイスの手始めは、ティラノからサン・モリッツまでベルニナ急行。まるでこの番組のために存在するような、美しい車窓の風景を売り物とする、あまりにも高名な列車。それなのに悪天候の中の出発だよう。おんおん。時々、雲の切れ間を見つけては「このまま晴れるのでは」と自分の強運を信じようとする哀しい姿の私なわけだが、まあ、平地はともかく山でそのように都合よくことが運ぶわけはないのであった。 さて、ベルニナ急行のパノラマ車両だが、これがすばらしい。畏れ入る。一枚ガラスの上部がボディに合わせてアールを描いており、継ぎ目がない。そして、まるで計ったように、山が頂上まですっぽりと収まり全体が丸ごと見える感じで、感心感心。アルプスというのは、山がものすごく近くに迫って見えるのが魅力でもあるわけだが、近すぎていつも一部分しか見えないというような不満もつきまとうのだけれど、これならバッチリ。FFで見えます。各窓にブラインドがついているので、日差しが強すぎる時でも快適そうだ。(もちろん、今日の天気では全く必要ないわけだが。) 一等車両だと、窓が横方向にひとまわり大きく、スイスの雄大風景が大画面に展開される感じで、どっぷり浸れる。いやいや。でも、しつこいけど今日はほとんど見えないや。と、士気が下がり気味だったわけだが、どっこい標高が上がってくると、あたりは一面の雪景色となってきて、これはこれで、美しいじゃないですかー。「ライオンと魔女」のタンスの奥というのか、一足早いクリスマスというのか、針葉樹の森に降り積もる雪。雪。雪。白。白。白。スイス! というわけで、沿線の見所である氷河こそひとつも見えなかったが、何かちょっと異界のようなところを通りぬけたような気さえする、素晴らしい列車体験だった。 とは言っても、これで済ますわけにはいかないよなあ…。 そうそう。スイスに行ったらスイス・パス。充実した鉄道ネットワークを誇るこの国で、この一枚さえあれば、ほとんど何処にでも行けるスグレモノ。でも、僕たちは気ままにあちこちに行けるわけではないのだが。 注:FF=「フルフィギュア」人物等の被写体の全体を写すサイズ。 主にテレビ業界で使われる。
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「撮影日誌4」 「晴れていると、天気が悪い時に比べて撮れ高が10倍になる」谷茂岡カメラマンが、みんなの感じていることを言葉にした。季節外れの雪の中を行くベルニナ急行もきれいだったが、雪のきれいさというのは、すべてを白で塗りつぶしたきれいさのようなところがあり、つまり汚いものもキレイなものも全部純白美麗化しているわけだが、スイスのように風景が美しいところでは失うものもまた多し。 ピッツ・ベルニナ、アルプスの日の出も撮れた。ほっとする。 そんなわけで、禁じ手の「二度乗り」をしているベルニナ急行だが、同じ路線という気はほとんどしないので、よしよし、と思う。だが二度目となると、気になるところも出てくる。例えばカーブのきつさ。ベルニナ急行、車両が短いと感じるけど、それは多分この急カーブの連続のためにサイズに限界があるのではないかな。車輪は線路と擦れてキーっと鳴りっぱなしだ。左右に絶え間なくGがかかるために、立ちっぱなしで撮り続けるカメラマンの負担は尋常ではない。通常の車内の数倍のふんばり負担で腰に悪そう。 加えて、考えてしまうのがレーティッシュ鉄道という会社の性格。って、そこまで大げさに言わなくてもよいのだが、このこだわりはどこからくるのか。 ベルニナ急行も、氷河急行のアルブラ川沿いルートも、標高差を克服するためにカーブ、カーブ、またカーブ。まあ、そこまではよいとして、ループも連発。オープンループは特に有名だが、トンネル内でもループやヘアピンあり。撮影していて、方向が分からなくなることは珍しくない。Gを感じながら「ここは左に大きく回っている…多分180度は来たから次は逆に風景が出るな」などと予想を立ててカバーする。 川もジグザグに渡るからトンネル・橋・トンネル直結みたいな場所に何度もでくわす。山国だから当然のことなのかもしれない。でも、例えば、これはすべてラックレールを使わないためにこうなっているのか。あるいは、ラックレールを使ってもやっぱり避けられないのか。ラックレールを使うとどんな問題があるのか。線路保持とか車両整備などのコストは高くなるような気はするけど。あとスピードを出せない?いや、この状態でもスピードを出せるという気はしないなあ。 やっぱり、自分たちの技術力に絶大な自信と誇りがあって、どうしてもそれを世界に示したかったのではないかという結論に傾いていくのだけど。 注:G=《gravity》重力加速度の単位、および記号。宇宙工学などで、 大きな加速度を表すのに用いる。
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「撮影日誌5」 それにしても、スイスにおける「エキスプレス」っていったい…?実際、氷河急行ことグレッシャー・エキスプレスなんかは「世界一遅いエキスプレス」などと自虐ネタにしているくらいだけど、まったく速くない。区間によっては普通列車を連結して走っているので、停車駅すら実質変わらない場合もある。 さらに「急行」という意味とは全然違う使い方もあるみたいで、後日乗る予定のモンブラン・エキスプレスはまったくの普通列車だし、サンベルナール・エキスプレス、ラーゴ・マッジョーレ・エキスプレス、ウィリアムテル・エキスプレスなどは「列車+バスや船のセット」を指すようだ。まあ、別にいいけど。ちょっと誤解を招きますな。 そりゃね、時速240kmとかでサン・モリッツからツェルマットまで行かれても、嬉しくはないですよ、ええ。標準軌で、直線の線路敷いて、直線のトンネルたくさん掘って、なんてねえ。誰も望んじゃおりません。 さて、氷河急行だが、このパノラマ車両はベルニナ急行にちょっと負けている。まず、一枚ガラスではなく、横と斜め上の二枚のガラスに分かれているので「山の上まですっぽり」は入らない。また、ブラインドがないので日差しが強い時はちょっと辛い(でも景色を見たいわけだから、どのみちブラインドは使わないんだけど)。 そしてスイスを代表する名物列車も、鉄道離れという時代の影響もあるのか、様々な変更もあるようだ。例えば、停車駅を減らす方向で進めているらしく、昔の停車駅で今は止まらないところがいくつもある(その点は「エキスプレス」的と呼べる発展かも?)。昼食は、食堂車ではなく、座席で食べる方式も取り入れられており、これも多分賛否の分かれるところだろう。 よく「氷河なんか見えない」という評も見かけるけど、見えないわけではない。もちろん、最大の目玉だったローヌ氷河は新フルカトンネル開通のために見えなくなって久しいわけだし、7時間半も乗っている割には氷河が少ないという感想はあると思うけど。でも、ベルニナ急行もそうだけど、氷河って見下ろすアングルでないと、あまり有難みが感じられないんじゃない?普通、鉄道は尾根には敷かないので、仰ぎ見るようなことになるわけで、氷河の先端が見えるだけという感じになってしまうのは、いたしかたのないところ。 でも、スイスを観光する上で、氷河急行がとても優れた手段のひとつであることは間違いない。
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「撮影日誌6」 スイスと言えば峠。国全体が箱根の関所みたいな感じがする。昔は峠の入り口に門があったりして「ごらぁ通行料を払って行けや」とかやっていたのか。 今回はベルニナ峠、アルブラ峠、フルカ峠、オーバーアルプ峠などというところを、ずいぶんと行ったり来たりした。だけど、スイスの峠と言っても、どうやら重要なのは南北の交通。やっぱり北のドイツと南のローマとを結ぶ交通が主要だったのだろうか。今でも南北の交通はパイプが太いようだ。ゴッタルト・トンネルあり、シンプロン・トンネルあり。ところが東西の交通となると同じ国内だというのに、そうでもない。立派なトンネルでなくて、峠道をうねうねと登らなくてはならなかったりする。どうしてこれが気になるかというと「氷河急行を追いかけて走る雄姿を撮りたい」という、こちらの事情があるからに他ならない。相手は「世界一遅いエキスプレス」なのだから、普通だったらひとつの列車につきまとって、あっちからもこっちからも撮り放題できそうなものだが、道路事情がよくないのでそうはいかないのだ。ライヒナウからアンデルマットの間は「山道」と呼べる区間が多く、すれ違いができないところもある。だから、列車も遅いが車も遅いのでやっぱり思うようには撮れないのであった。自分の立てたスケジュールの甘さを思い知る瞬間でもある。 さて、氷河急行だがサン・モリッツからクールの間は「さすが」という感じで、見どころ充実。アルブラ川沿いの下りや、ランドヴァッサー橋などの高架橋、ライン川沿いの古城群と、変化に富んでいる。続くクール〜ディセンティス間も、昼食があり、ライン川の峡谷あり、オーバーアルプ峠の上り下りあり、とここでまた第二の盛り上がり。クールの町やディセンティスの修道院もはるばる来た甲斐を感じさせる。ディセンティスからは鉄道会社が変るので、機関車の取り替えも必見。ここからは登山鉄道っぽく歯車付レールの区間が登場するのだ。速度を落として「カタン」とギアが噛み合う感触にぞくぞくする。この次のアンデルマットからブリークの間が「車窓」的にはちょっと地味なのだが、乗客も少し気を休めたいタイミングなので丁度よいのかも。ローヌ川の谷に点在する村や屋根付きの橋は、これまでの区間とは違う楽しさがあるし。 小さな国だけど、よく見ていると地域によってかなり変化があることに気がつく。これも氷河急行の魅力のひとつか。
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「撮影日誌7」 マッターホルン。地元の人は親しみを込めて「ホル」と呼ぶそうだ。「おやま」というようなニュアンスかな。「今日はおやまがよう見えとるのう」とか? この山はでかい。写真で見た限りだと、そこがもうひとつつかめないのだが、そこだけ縮尺が違うような存在感。他の山のように連なっているのではなく、孤高な感じで堂々とあの姿で立つ様を見ると、人気のほども納得がいく。世界の山で、人気ランキングなどをやれば上位3位までに入ることだろう。 マッターホルンを見るポイントは何カ所もあり、それぞれに魅力があるのだが、鉄道で旅をする番組としては必然的にゴルナーグラートを目指すことになる。この鉄道がまたすごい。スイス、すごい鉄道が多いけど。リギもピラトゥスもユングフラウもブリエンツ・ロートホルンもすごいけど、ゴルナーグラート鉄道は本当にすごい。車窓にマッターホルンをじっくりと見ながらって信じられない。あり得ない。頂上に近づくと右手に広がる山塊と氷河がまた見事で「ええもんを見せてもらいました」と鉄道さんに感謝しそうになる。よくもまあ、100年以上前に、こんなところに線路を敷けたものだ。 ところで、山や海に来ると何故か必ず日の出日の入りを撮ろうとするのが性分みたいで、今回もゴルナーグラート頂上のホテルに泊まって、明け暮れを撮影。日没後の焼けた空が刻一刻と変わっていくなかに立つマッターホルンにまずは酔いしれ。翌朝は、日の出1時間前集合。真っ暗な山道を下へと進む。目的地はマッターホルンが逆さに映る湖。電車が動いていれば近くの駅まで乗ることができるのだが、始発を待っていては間に合わない。空気は薄く、寒く、おまけに起き抜けだが歩くしかない。ディアヴォレッツァの時のように膝まで雪に埋まりながら登るという状況ではないのが幸いだ。 湖に映るマッターホルンを見るには晴天はもちろんのこと、無風も必要な条件。わずかな波でも、もう映らない。湖が凍ってしまうと、やっぱりダメ。この時は太陽が登るのと同時に風が出て危ぶまれたが何とか撮影成功。ピンク色に染まったマッターホルンは、なかなか艶っぽくてこれまたよろしい。 撮影後、近くの駅へと移動開始。ものすごく寒い。幸いなことに駅のトイレがあり、暖房が入っている。トイレと言っても前室の部分があってそこそこの広さ。スキー用具の乾燥用か。ここで始発を待つ。目的の映像が撮れた後は、みんな表情がいいよね。
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「撮影日誌8」 「飛行機雲公害」と谷茂岡カメラマンが時々つぶやくように、アルプスでは飛行機雲がけっこううるさい。まあヨーロッパの真ん中みたいなところにあるから、この辺りを通る飛行機は多いのだろうけど、せっかく大自然の悠久な気分を満喫したいと思って来ているのに、山の背後の青空に、人工的・現代的なものをものすごく象徴する白い筋がいくつも現れるのはちょっと悲しい。 さて、ブリークから西に向かい、次の目的地はシャモニー。フランス。最初の冬季五輪が行われたところ。でも、フランスに入るずっと前に、既にフランス語圏になる。何の前触れもなく、降りてみるとそこにはフランス語。人々はフランス語を話している。いや、そりゃ「ここからフランス語」なんて書いてあるはずがないけど、でもやっぱり驚く。 そう、城もたくさん見たっけ。クールに向うライン川沿いに幾つも城があり、ここローヌ川沿いの町でも城を仰ぎ見て、イタリアに近いティチーノ地方でも城見物。スイスって何か山国だし、よその国々とは一線を画していたような気がしていたけれど、ドイツとフランスとイタリアとオーストリアなどという強国に囲まれて、そんなわけもないと今さらながら気がついた。 ヨーロッパでもっとも高い山(厳密にはコーカサス山脈の方が高いけど、あまり「ヨーロッパ」ではないということで…)モンブランの高さはいったい何メートルなのか。これが実は難解。4808mということなのだが、でもフランスの地図には4810mと記されているものもある。2002年に測量したところ、そういう結果が出たらしい。ところが2003年に再度調べたところ4808.45mで、山頂の位置も移動していたというからややこしい。そんなことから2年ごとに測ることになったのだそうで、2005年の調査では4808.75mとまた少々増えているし、2007年には、再度4810mに到達。要するに山頂が雪と氷だから変動するみたいなんですけど…それってありなのか?本物の「山の頂上」は40メートル離れたところにあって4792mのようです。 ああ、よくわからない。 どうして栗のケーキがモンブランなのか、とか万年筆の会社がモンブランなのかは、今は考るのをやめておこう。
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「撮影日誌9」 さて、フランスの次はイタリア。ブリークからシンプロン・トンネルをくぐると、そこはもうイタリアだ。「アルプスを越えると太陽が輝き」というのは本当のようで、ブリークは雨だったのにトンネルを出ると晴れている。ドモドッソラからチェントヴァッリ鉄道でまたスイスへ。深紅の木の葉が風にきらきらと舞って美しい。スイス、今度はティチーノ地方。ここはスイスと言っても、限りなくイタリア。町並みはイタリアだし、ヴィスコンティ家の城があるし、目の前はマッジョーレ湖だし、言葉はもちろんイタリア語。そしてレストランはイタリア料理が美味しい!そうそう、料理はねぇ。スイスは2回目だったので、多少勝手知ったる感じにはなったが食事にはなかなか苦労する。まず、高価!駅の売店でサンドイッチ、ミネラルウォーター、バナナ、ポテトチップを5人分買ったら6000円。 180円に見えるサンドイッチは500円だし、120円に見える水は300円だったりする。売店がこれだから、レストランに入ってもやっぱり日本の2−3倍的な値段になる。しかもかなり単調なスイス的メニュー。店を変えてもメニューはあまり変らない。秋はシカ狩りのシーズンなのか、シカ肉がどこの店でも「オススメ」になっていた。 さて、一年中お天気がよく、景色が美しく、食べ物が美味しいティチーノ地方だが、問題もあると聞く。例えば失業。イタリアから国境を越えてティチーノに通勤する人が多いのだが、一方のティチーノの住人は、EUで働くことはできないらしい。となるとスイスのドイツ語圏で職を求めることになるけど、流暢なのはイタリア語だけだし…というようなことのよう。 こうして、スイスの旅もいよいよ最終路線。ロカルノからローカル列車でベリンツォーナ。そしてゴッタルト・トンネルをくぐってチューリヒまで。金曜日夕方の車内は、週末を家で過ごしに帰る兵士の姿が目立つほか、「秋休み」をティチーノで過ごして都会に戻る人たちも多い。 車窓には次々と湖が現れる。谷あいに広がる牧草地。背後にそびえたつ岩山。 最後のスイスらしい景観が通り過ぎていく。名残惜しい。 でも、この風の冷たさでは、今の装備でこれ以上はとてもいられないけど。
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