松本:台詞ってのは、本当はしゃべっているときよりも、しゃべっていないときの方が難しい。その証拠に「勧進帳」っていう舞台では何十人、何百人の俳優さんが同じ台詞、同じ動き、同じ格好をします。でも、全員違います。それは台詞と台詞の間が違うから。
香取:間(ま)ですね。
松本:「悪魔(あくま)」の“魔”でもあると昔から言っていました。上手い俳優、魅力的な俳優さんは、みんなその間がうまい。声を出すことで一番大事なことは何だと思う?
香取:声を出すことで?気持ち…その台詞をちゃんと理解してないと、ということですかね?
松本:声を出すことで一番大事なのは「耳」。だってすべての音は耳から入ってくるでしょう。いくら一生懸命、腹式呼吸だなんだかんだ、発声法を訓練したって、耳を訓練しなければ絶対にいい歌もいい台詞もしゃべれない。それから最高の踊りってどんな踊りだと思います?
香取:最高の踊り?
松本:最高の歌でもいいや。僕はね、最高の踊りってね、ただうまいだけの踊りでもないと思うんです。ただきれいなだけの踊りではないと思うんですよ。僕にとって最高の踊りってのは見ている人が思わず踊りたくなるような踊り。歌でも声量が豊かで美声で、そういう歌でもない。テクニックを駆使して非常にうまいな~って歌でもない。聴いている人が思わず口ずさみたくなるような、聴いている人が思わず歌いたくなるような歌。パヴァロッティの「トゥーランドット」、歌えませんよ。歌えませんけど、みんなパヴァロッティを聴いたあと、劇場を後にしながら、「タララ~」ってパヴァロッディになった気になって帰るでしょう。あれが最高の歌だと思う。
香取:それは、どこから生まれるんですかね?その歌い方、その踊り方は?
松本:分からないな~。ピカソの言葉に「絵って言うのはうまくなっていくんじゃない。変わっていくだけだ。」っていう言葉がありますね。僕はね、その答えはうまく分かんないんだけど…。歌舞伎だとひと月に25日間芝居していますね。同じ役を毎日やりますから、まあ段々、うまくなっていくように思うでしょう。ところがある女形の先輩に言われたの。千秋楽近くですよ、もう20何回やっているから、「今日は良かったわよ」って言われると思って行ったんですよ。そうしたら、「あのね、お芝居ってのはね、段々うまくなるんじゃないのよ。段々ヘタになっていくのよ。」って言われたの。「うまくなったと思うのは、慣れからくる錯覚よって言われたの。「あっ、なるほど。慣れから錯覚ってのはあるな」と。