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10月12日 ジャンボの連れてきた花嫁さん


矢島家には大きなサボテンがいます。
父親が単身赴任先で育てていた、その名も「ジャンボ」です。
この春、父親の帰宅と共に我が家へ帰ってきました。

そしてこのジャンボの異変はついこの前始まった(らしい)のです。

ある夜の両親の会話がチラッと聞こえました。
父「いや花だよ、絶対に」
母「やっぱりそうかなぁ。花かなぁ」

まさかお兄ちゃん結婚?相手の人が花って名前なの?
…なんて見当違いな驚きで、暢気に近寄ったわたしが聞いたのは、
この「ジャンボの異変」でした。

花嫁を連れてきたのは兄ではなくジャンボ。
ジャンボの体に大きなつぼみを付けていたのでした。

あまり水をやらないのがサボテンへの優しさ。
そう言って放っている間に、いつの間にか素敵な人を見つけていたのです。
心まで離れてはいけないことを痛感させられます。



これがお相手です


明らかにサボテンの体つきとは違う愛らしい曲線美。
これは花です。
アスパラガスにも似ていますが、きっと花です。



花ですよね?


しかも最初は2人…憎いねジャンボ!モテモテじゃん!
そうこう言っている間に小さなつぼみはまもなく枯れ落ちてしまいました。



このまま黄色くなって枯れてしまいました


あらあら、ということはこのお方がジャンボの花嫁。 麗しきその姿。
だんだんつぼみの色が濃くなってきました。



美しい色でしょう?


さあ大変!と矢島家の話題はジャンボで持ちきり。

父「何色の花が咲くんだろう?」
母「赤だよ。サボテンだもの。」
父「そう?白だと思うな」
私「えー、私も赤だと思うけどな」
父「なんでよ?」
母&私「だって、サボテンだもの。」

なぜサボテンだから赤い花なのか?
それは単なるイメージです。しいて言えば、つぼみが赤いから。かな。

でもでも、理由なんて無いけど絶対赤だと思ったんです。
だって、サボテンだもの。

父「じゃあ、あと何日で咲くと思う?」
母「あと一週間。」
私「そうだねぇ、でもまだつぼみが固かったからなぁ」
父「触ったのか!?折れちゃうじゃないか、気をつけないと、大事な時期なんだから」
私「大ジョブだよ!ちゃんと根元押さえたもん」
父「パパはあと1、2日で咲くと思うな」
母「早すぎるんじゃない?」
父「いや、もうすぐだよ」
私「私はあと3、4日だと思うなぁ」

そんなこんなでこんなメモまで書くことに…(再現です。本物のメモは結果を知った誰かの悔しさのせいですぐに捨てられてしまいました)


変なところだけ几帳面な矢島家


ここまで話し合い、ようやく落ち着いた矢島家。
さぁジャンボの花嫁とは一体どんな姿かたちなのでしょうか?
そして、いつ顔を覗かせてくれるのでしょうか?

ベランダにはカマキリまで登場!

花嫁の姿はもはや矢島家だけの話題ではないようです。


カマキリまでやってきた


・・・翌日 昼12時・・・

母「(ベランダから)まだ咲かないよー!」
父「(走りよってきて)うん…でもまだ今日入れて2日あるからね」

・・・その日の夜・・・
母「(ベランダから)まだ咲かないよ。」
父「まだ1日あるからね…(就寝)」

 

・・・翌々日の朝・・・(仕事だったため、予想で書きました)
母「(ベランダから)まだ咲かないね。」
父「(走りよってきて)うん…でもまだ1日あるからね」

・・・翌々日の夜・・・??

20時。仕事終わりのわたしの携帯にメールが入っていました。
『パパの勝ち。ジャンボの花が咲いた。色は白くて気品がある』

なんということでしょう!?(「劇的ビフォーアフターみたい」な感じで読んでください)

父親の‘気品のある’と限定したあたり、相当自慢げです。
悔しい!
母親は今どんな思いなのでしょうか?
赤じゃないなんてことあっていいんだろうか?
しかし気品のある白いサボテンの花って・・・?
驚きと悔しさでいっぱい、こんなにヤキモキしたのは久しぶり…。
「サボテンの花」を口ずさみながら家路を急ぎます。
心の中はジャンボの連れてきた、まだ見ぬ花嫁の姿でいっぱいです。

 

「ただいま!」
ベランダでは父親がにやにやしながらジャンボを愛でています。
母親は勝負に敗れたのが悔しかったのでしょうか、
テレビを見て「気にしてなかった」素振りをするのに精一杯です。
本当は見たいに違いありません。

「…白い。」ため息が出るほど美しい、ジャンボの花嫁。



これは私が不在中の様子、確かに花が見え始めています


わたしが頭に描いていたサボテンの花より
ずっと花らしく、愛らしい花がたたずんでいました。

そこからは、我が家にヨン様が来たんじゃないかというくらいの勢いでフラッシュをたいて撮影をしました。が、携帯!画像が悪い…。


花のドアップ!

こちらの写真はデジカメを取り出した父親が撮った写真。


どうですか?これがジャンボの花嫁さん

幽玄なまでに美しい、夜の闇に浮かぶ、ジャンボの花嫁です。
たくさんのめしべを抱き、花びらはしっとり、
可憐なさまに父親とわたしはしばしウットリ…
母親は背中で見たさと悔しさで泣いていたに違いありません。
一向にベランダにやってきません。きっと、さっきまでは見とれていたんでしょう。

我が家に訪れた突然のお祝い事に大騒ぎしてしまったのを恥じつつ、
この日はこれで別れを告げました。

そしてみんなが、朝日の中の純白の花嫁を想像して眠りについたのでした。

 

・・・よくよく翌日の朝・・・

私「おふぁよぉおう」
朝起きるともう父の姿はありませんでした。会社に行ったのです。
母「閉じちゃったんだよ」
私「ふにぃ?」
母「…ジャンボ。」

私「…?…えぇえ?」

そう、朝起きると、花嫁の姿はありませんでした。
既に赤い扉に閉ざされた不思議なつぼみの中にこもっていました。



もう閉じてしまっています。


母「もう咲かないんじゃないかな?」

私「…夜だけ咲くんじゃないの?きっとそうだよ!」
そう言いながら、わたしは(恐らく母親も)もう二度と、
花嫁の姿を見ることが出来ないことを心の中で悟っていました。

 

その夜、花嫁は現れませんでした。
その次の日もやっぱり現れませんでした。
ジャンボの連れてきた花嫁は、まるで月下美人の花のようでした。

白くて可憐なサボテンの花
赤くて情熱的なサボテンの花

透き通りそうな花びらの先を持つサボテンの花
ゴロッと丸くて果肉の多いサボテンの花

一夜限りのサボテンの花
いつの間にかサボテンと同化するくらい長持ちするサボテンの花

花嫁はわたしと母親が描いていたサボテン像とは対極に存在する花でした。

その純情可憐で、諸行無常の精神の花に、
カタカナの名前を付けることはどうしても出来ませんでした。
もっとやさしい名前を考えていたのです。
でも、もう既に姿のないものに名前を与えることも出来ず…
結局ジャンボの花嫁は、「ジャンボの花嫁」のまま、わたしの記憶に彩られています。

来年は咲くのかな?
次はいつ会えるのかな?

そんなことをジャンボに問いかけても何も答えるわけもなく。
ジャンボは陽気に見えるその容姿を今までと変えることなく(きっとあぁ見えてすごく繊細なオトコなのでしょうね)、今日もすくすく育っています。
花嫁などはじめからいなかったかのような顔で。

さよなら、花嫁さん。
また会える日まで。

 
 
    
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