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1月11日 映画「ベロニカは死ぬことにした」

私の中の「ベロニカ」を探して
生きている中で悲しい決意をしなければならないことは多々あるけれど、死ぬことを決意することはあまりない。ないほうがいい。
「どうしてそんな決意をしてしまったのかしら…」
まだ見ぬ「ベロニカ」が心配になって、慌てて映画館へと急いだ。

…と思ったら「ベロニカ」というのは主人公の名前ではなかった。この「ベロニカ」という名前には寓意がこめられているのだった。「ベロニカ」とは十字架を背負い、人々の罵声をあび血を流すキリストの頬を優しく布でぬぐう女性の名前なのだそうだ。寓意…一体どんな女性が登場するのだろう。

「なんでもあるけど、なんにもない。」
主人公トワは退屈な人生をこう表現し、自殺をする道を選んだ。この感覚、わからなくはない。物質的には嫌というほど充たされている。なのに、心はどうしてこんなふうにどうにもならないくらい空虚になるのかしら?と思う時がある。皆さんもきっとこんな感覚にとらわれたことがあるんじゃないだろうか。

話は戻って、自殺を選んだトワだが、彼女は死ねなかった。トワが目覚めたのは一風変わったサナトリウム。そしてサナトリウムの院長にこう宣告されたのだった。
君の命はあと七日間だと。

死にたいと思っていたとしても、七日間の猶予があるというのはどういう気持ちなんだろう?嬉しいんだろうか、悲しいんだろうか。
かくしてトワは残された七日間を生きなければならなくなった。そう、始めは「生きなければならなかった」という感じだった。

風変わりなサナトリウムの住人と共に暮らす日々。トワの新しい人生が始まった。
この住人たちが凄い。
言うなれば…ランドセルの中でクレヨンや色鉛筆のケースが開いてしまってゴチャゴチャになったような感じだ。
一般の世界(現実)を捨ててサナトリウム(空想)の中で暮らす彼らは本当に様々なバックグラウンドを背負った人たちだ。彼らと関わりあう中でトワは今まで感じたことのない、「生の喜び、楽しみ方」を知る。生きるという中ですごく当たり前なことが輝くものに変っていく。食べること、楽しむこと、愛すこと等等。必然的にトワはそこで、まだ生きたいという生への欲求が生まれる。
トワに残された七日間は、次第に七日間しか生きられなくなったという思いへと変わっていくのだった。最初のころのトワに比べて、この頃のトワの表情といったらない、本当に美しいのである。トワを演じる真木よう子はクルクルと表情を変えていくがみずみずしいオレンジを輪切りにしたようなさわやかな笑顔なのである!これは見所のひとつ。

そしてトワを囲む住人たちの演技もすばらしい。ここでちょっとご紹介。
理想と現実の狭間で苦しみ自分を追い詰めてしまった弁護士ショウコを演じるのは風吹ジュン。今回彼女は全編通して色の濃いサングラスを着けている。表情が一番豊かであるはずの瞳を隠しても、その演技は全く見劣りすることはない。寡黙な役柄だが、存在感は一番大きなキャストだ。

夢を捨てられず、家族との確執の中で言葉を失ってしまったクロードを演じるのは韓国のイ・ワン。彼は言葉が話せなくなってしまった役柄。肉体だけで演技をするという難しいことに挑戦している。やさしい眼差しが映画全体をソフトな印象にしていると思った。

この住人たちをまとめているサナトリウムの院長には年の差結婚で話題となった市村正親。院長はおかしな住人たちに負けず劣らず、かなり変わった人のようだ。院長の部屋は細かなところまで気を配られていて見ているだけで楽しい。院長はこの住人たちを包み込むような存在で、この物語でも大きな役割を担っている。トワを新しい人生、新しい世界へと導く大きな門のようだ。わたしは彼の役が一番好きだ。

さて、最初に述べた「ベロニカ」の持つ寓意についてだが「ベロニカ」は周りの意見に流されることない強さを持っていた女性である。それは「なんでもあるけど、なんにもない。」と言って自殺を遂げようとしたトワにもいえる強さなのかもしれない。私の中にも「ベロニカ」の強さはあるのだろうか?最期の七日間、私ならどう使えるだろう?ふと、帰り道の月夜、私自身に問いかけてみる。

『ベロニカは死ぬことにした』

この映画は当たり前のように立ちはだかる現実をもっと手のひらにひとつひとつ感じてみたくなる映画である。食べること、眠ること、呼吸をすること、歌うこと、泳ぐこと、愛すること。私の中を流れる血潮をもう一度確かめたくなる。それは私の中の「ベロニカ」探しと呼べる気がする。


写真協力・松井康真アナウンサー
「年末報道特番で乗ったオープンカーです。」

年末年始は怪我や病気に見舞われることが多い毎日でした。
風邪をひいたり、むちうちになったり、はやり目になったり、指を切ったり…せっかくの休みはすべて寝込みました(T0T)
この冬は異常な寒さに加えて、風邪も大流行ですね。
皆様もどうぞお体にお気をつけください!

 

 
 
    
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