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Vol.59  「春を待つ」  (2004/02/01)

昼下がりの地下鉄で。
リクルートスーツを着た女子学生が居眠りをしている。
数秒おきに傾く首。弛んだ膝元が危なっかしい。
だが、手にはしっかりと携帯電話が握られていた。

地下では圏外のはずである。
鳴るはずのない携帯電話に、5年前の自分を思い出した。

「後日来て頂く方には、○日までに電話で連絡します」

面接が終わると、決まって人事部の担当者から告げられた。
家に帰って、上の空で眺めるテレビ。並んで置かれたリモコンと携帯電話。
入浴中に連絡があるかもしれないからと、バスマットの傍にも置いていた。

地下鉄は轟音と共に終着駅へと向かう。
彼女はまだ、目を覚まさない。

都内では、梅のつぼみが綻び始めた。
うぐいすの鳴き声よりも、無機質な着信音を待つ。
まだ来ぬ春は、彼女の手の中に。
   
 
 
    
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