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Vol.54  「うさぎりんご」  (2003/12/01)

熱を出すと、私はりんごが食べたくなる。
消化に良くビタミン豊富。
確かに、理には適っている。

38度7分。
スリッパも履かずに台所に立つ。
片手に納まるほどのりんごが重く、包丁をおずおずと滑らせる。
足先もすっかり冷えてしまった。

昔、母がむいてくれたりんごを思い出した。
赤い耳がぴんと立った、うさぎりんご。

4等分したせいで、野うさぎのようにたくましくなった。
それなのに、皿の上のうさぎたちは所在ない。
やっぱり彼らにはお弁当箱が良く似合う。

りんごの甘さは、舌よりも胸に沁みていく。

再びもぐり込んだ布団にも、りんごの匂い。
ぺたんこの天井も見飽きてしまった。

熱を出すと、私はりんごが食べたくなる。
そしていつも、心細くなる。
   
 
 
    
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