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Vol.52 「最先端」 (2003/11/17) |
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大リーグのポストシーズンが終っても、ヤンキース・松井秀喜外野手の
動向が連日報道されている。先日は、NY近郊の日本人学校で絵本を
朗読したそうだ。
リーグ優勝決定戦での劇的な優勝。
ワールドシリーズでの、接戦の末の敗退。
次点で逃した新人王。
以前から、松井選手へのインタビューを聞く度に感じていたことがある。
嬉しい結果の時も、そうでない時も。
勝敗による喜怒哀楽以外の感情が、彼の底には一貫して流れている
気がした。
落ち着きとも冷静さとも違う。一体何だろう。
新聞を整理していたら、ヤンキースがリーグ優勝した時の記事を
見つけた。
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シャンパン・ファイトを終えて松井は言った。
「格別ではあるけれど、こういう喜びは子供の頃からいっぱいある」
6歳で兄の友人たちと始めた三角ベース。
左打席に入った時のときめきは、少年にとって最初の一歩だった。
ワールドシリーズと日本シリーズを比較する質問にも首を振った。
「比べられない。気持ちは同じです」
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見出しには「いつでも人生最先端」とある。
胸の締めつけられるような舞台で感じる緊張と歓喜を、少年時の
野球と重ね合わせる。野球における全ての瞬間が、松井選手の中で、
常に自らが歩んできた人生の先端だった。
人生の「最先端」。
先端とは、物の一番先の部分のこと。
尖端、とも書く。
あれこれ考えているうちに、昔、小さなナイフで削った鉛筆のことを
思い出した。
「毎日使う鉛筆を、ナイフで削りましょう」
そう教えられた、小学一年生の頃。ちょうど私も6歳だった。
芯の先端がきゅっと尖るように削るのは難しい。
「どうして鉛筆削り機を使わないのですか?」
そう聞くと、先生は言った。
「ナイフで削るのは大変だけど、そうすると一文字ずつが大切に
思えてくるでしょう?」
自分の名前、今日の天気、その時に思ったこと。
力んで書くと、芯がぽきっと折れてしまう。
ランドセルを背負ったまま飛び跳ねていたせいか、通学途中、
筆箱の中で芯が折れることもあった。鉛筆にかぶせる色とりどりの
小さなキャップを、友達と文房具店に探しに行った。
鉛筆をナイフで削る面倒臭さや、黒鉛で手が汚れる不便さ、時には
刃で指を切ってしまう危うさ。
それでも、削りたての鉛筆で文字を書く瞬間はいつも背筋が伸びる
気がした。
あれから19年。
小学生の頃の鉛筆のこだわりと、松井選手の生き方。
全く異なる事象が、ぼんやりと結びつく。
鉛筆の先端を尖らせて書くことは、物事に対する接し方にも通じる。
「一文字ずつが大切に思えてくるでしょう?」
「一言ずつ」も同じだと思う。
大切に伝えること。
そうすれば、自分の最先端に到達出来る気がする。
ベストを尽くす。
よく聞く言葉だが、これほど難しいことはない。 |
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