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Vol.43  「アルプススタンド」  (2003/08/17)

アルプススタンドでリポートしたのが新人の頃。
あれから毎年、甲子園に試合を見に行く。

球場の階段を早足に上がる。とんとんとんと視界が開ける。
気温35度。
凍ったミネラルウォーターを買って、思わず首筋に当てる。

ファウルボールをキャッチした子ども。周りで沸く、小さな歓声。
女性のサンバイザーには、もう赤とんぼが止まっている。

8月10日、1回戦の第2試合。
雪谷とPL学園の試合は、13対1でPLが圧勝した。
10点取られようが20点取られようが、現実はフェンスを越えられない。

そんなことをぼんやりと考えながら、試合を見ていた。
暑さと歓声にぼうっとなりながら、2年前、ハンドマイクを持って
必死に伝えようとしていた自分を思い出す。

試合の経過を?
この場所の熱気を?

雪谷の先発ピッチャーは、帽子の裏に「自分を信じて」と書いていたらしい。
後日、スポーツ紙でそのことを知った。

私が伝えられるのは。

帰りの阪神電車は混んでいて、新大阪に着く頃には、いつの間にか
人々の手にあったメガホンがボストンバッグに変わっていた。

ばたばたと「のぞみ」に乗り込み、荷物を網台に載せ、ふと足元を見ると
スニーカーにセミが止まっていた。

どこからいたのだろう。
甲子園ではたくさん鳴いていたけれど。

セミはおとなしく、じっとしている。
私も京都まで、じっとしていた。

駅から乗ってくる人の波が途絶えるのを待って、狭い出入口からそうっと投げた。
さ、行っておいで。
そういえば、マウンドのピッチャーは、力強くボールを投げていた。

いろんな投げ方がある。
いろんな伝え方がある。
   
 
 
    
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