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Vol.11 「小さなごほうび」 (2004/12/18)

仕事で、落ち込んだ時。
お酒が飲めないせいで、ストレス解消のために、ぱあっと飲みに行くことは出来ません。
その代わり、私にも行きつけの場所があります。

ぴかぴかに磨かれた、大きなショーウィンドウ。
デパートのケーキ売り場に並べられた、たくさんのケーキを眺めるのが好きです。
「ほら、金粉の飾りよ」
「どう?丹波産の栗よ」
金粉をあしらったチョコレートケーキに、和栗のモンブラン。
「私を見て」とばかりにめかし込んだそれぞれの主張と対話しながら、
ウィンドウの端から端までを、何十分も行ったり来たり。
悩んだ挙句、ぱちっと目が合ったケーキに意を決し「これとこれを下さい」。

先日は、季節の果物を包んだクレープと、
生クリームとクレープ生地が何層にも重なったミルクレープを買って帰りました。
帰宅するや、いそいそと大きなお皿にケーキを二つ載せます。
そして、「いただきます」―至福の時。
クレープの中には、イチゴ、バナナ、洋ナシがごろごろと入っていました。
続いて、ミルクレープ。
クレープ生地の間には、生クリームが幾重にも積み重ねられています。
この際、カロリーには目をつぶって。
口解けの良い幸せにしゅわしゅわっとしびれながら、
疲れや嫌なこともこの時ばかりは忘れるのですが、
ふっと、あることに気が付いて、フォークを持つ手が止まりました。

クレープは、大切に「包み込む」。
たくさんの果物が飛び出してしまわないように。
ミルクレープは、丁寧に「積み重ねる」。
生クリームとクレープ生地を、一段ずつ。
包み込むことと、積み重ねていくこと。
それぞれのケーキに、愛情の形を教えられたような気がしました。

落ち込んだ時、人は優しさを求めます。
私も、甘い優しさに包まれたくて、デパートのケーキ売り場に向かいます。
包み込まれる、果物たち。
そっと包み込む、クレープ。
互いに積み重ね合うのは、ミルクレープ。
甘美で優しい、愛情です。

ただ、お酒を飲み過ぎた後の二日酔い同様、
ケーキを食べ過ぎた数日後には、
画面越しの「ぷっくり頬」という現実が待ってはいるのですが…。


(「日刊ゲンダイ」12月18日発刊)
   
 
 
    
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