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Vol.10 「バースディメール」 (2004/11/27)

ぴっぴぴっ、ぴっぴぴっ、ぴっぴぴっ…。
携帯電話のアラームかと思って、慌てて飛び起きた。
青白く光る液晶画面を寝ぼけ眼で確認すると、午前0時。
起床時刻まで、まだ2時間もある。

折り畳まれた電話をぱかっと開くと、新着メールが届いていた。
「26歳ですね。ますます磨きをかけて、そして輝いて下さい」
数分後、また着信音が鳴った。
「26歳だね。どう生きるのか。改めて、自分の人生を見つめ直して下さい」

つがいの文鳥が飛び立つように送られてきた、真夜中のメール。
題名は二通とも「お誕生日おめでとう」。
だが、文面は随分と対照的だった。
優しさと、厳しさ。きっと、一通目が父で、二通目が母からだろう。
私の予想は当たっていた。

離れて暮らす母からは、たまにメールが送られてくる。
内容は、大抵私の出演番組に関するもので、ここでのコメントも辛口だ。
メールの題名は「歌舞伎」「袖なし」…と、多岐に渡る。
「今朝はアイシャドーが濃くて、隈取りみたいです」
「冬なのに、どうしてノースリーブなの?」 
私も負けじと反論する。
「衣装は、スタイリストさんが用意してくれているの!」
「でも、上山千穂さんは長袖よ」
母も動じない。
メールでの応酬が高じると、いよいよ電話での直接対決となる。
だが、後で冷静になって考えると、母の言うことは大抵正しい。

そうかと言えば、何の脈絡もないメールが送られてくることもある。
「夜メニュー、パプリカサラダにかぼちゃのスープ。
豚肉ブロックを解凍して、たくさんトンカツを作るよ!」
突然の、我が家の夕ごはん宣告。
字余りの短歌のような文面だが、なぜか笑ってしまう。
 
そんな母から、誕生日を過ぎてから話を聞いた。
実は、父は予め前日からメールを作成していて、その保存方法を母に聞いていたらしい。
理由を聞いても「別に」と濁すばかりだったそうだ。
「私には内緒だったみたいよ」
そう言いながら、母だって日付が変わった直後に、こっそりとメールを送ってくれた。

「お誕生日…」の後に続く言葉は、「おめでとう」だけではない。
父と母がいて、私が生まれた。
でも、「ありがとう」とは、恥ずかしくてなかなか言えない。

それにしても、母の「どう生きるか考えなさい」という言葉。
日頃のメールにも増して、深くて、重い。
母が26歳の時、私は1歳だった。


(「日刊ゲンダイ」11月27日発刊)
   
 
 
    
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