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Vol. 9 「バックパッカー」 (2004/11/06)

「お前は何を探しているんだ?日本には、何もかもがあるじゃないか。
俺たちは、職を探して旅をするものだ」

6年前、旅先で知り合ったアラブ人はこう言った。
ぼろぼろの旅行ガイドブックを開くと、1から10までのアラビア文字を練習した形跡がある。
学生時代、私はバックパッカーだった。
エジプトの砂漠で自給自足の生活をし、近辺の中東地域を旅して周り、
そこで暮らす人々の生活を垣間見た。
だが、どこへ行っても旅行者であることには変わりなく、
宿に戻れば同じように長期休暇を利用してやってきた人たちがいて、
帰国すればそれぞれの生活があった。

ピラミッドでは、ラクダに乗ったものの、
自力で降りられないことを口実に法外なガイド料を要求され、
市場の路地裏では、窃盗団に財布を盗られそうになって、その場で動けなくなった。
だが、長距離バスで移動中に高熱を出した時は、
乗り合わせた現地のミュージシャンたちが「元気出せよ!」と夜通しで演奏してくれて、朦朧としながらも胸を打たれた。

心が重なる瞬間があっても、互いを理解し合えるのは難しい。
出会いと別れの繰り返しで、何処へ行っても自分は通り雨に過ぎないと、
当時学生だった私は悟った。
行動する上での知識の必要性も痛感した。

現地で生活する人々と、旅行者たち。
文化や境遇の違いによる、それぞれの現実がある。
生活苦による強盗、価値観の相違が生み出した戦争、それによって外国人を拘束する集団。

かつて訪れた中東の情勢が、ここ数年で目まぐるしく変化している。
先日、イラクで人質となった日本人旅行者が殺害された。
モニター越しの現実を、私は秒刻みで伝えていく。
たとえどのような感情が渦巻いていても、スタジオでやるべきことは、事実を報じることだ。
その場に止まってはいられない。
だが、心に残る重苦しさはいつまでも消えない。

同じ時間に、世界の何処かで何かが起きている。
犯罪、戦争、自然災害。
誰もが等しい時間を共有し、その中で、喜びや悲しみがあり、生と死は常に隣り合わせにある。
恐れ、嘆き、涙するだけでなく、生き様を見つめること。
自分には、何が出来るのか。
自分は、どう生きるのか。
そう思って、伝え続けたい。


(「日刊ゲンダイ」11月6日発刊)
   
 
 
    
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