「暑いのに、よう来たなぁ。冷麦作ったから、食べてってよう」
仮設住宅の扉を開けると、すぐ横に小さな台所がある。
お盆の上には、そば猪口が逆さに置かれていた。
震災直後、「サンデー・フロントライン」の取材中に出会った赤間憲さん(70)は、
目の前で奥さんを津波に奪われた。
以降、多賀城市と仙台市の避難所を経て、
つい最近仮設住宅に越してきて、一人住まいをしている。
この日は、赤間さんと、仙台七夕まつりを訪れる約束をしていた。
「今日はちょっと寝坊してなぁ、
お母さんに怒られると思って、慌てて朝ご飯作ったの」
そう言って冷蔵庫を開けると、味噌汁の鍋にラップがかけられていた。
「ここはパンツ、ここは靴下、ここはパジャマ…」
プラスチックの衣装ケースが次々に開けられ、無造作に畳まれた衣類がのぞく。
「何、お昼食べてきた?じゃあお茶だな、冷たいお茶」
麦茶の注がれた紙コップには、四つ葉のクローバーがセロテープで貼られていた。
かつて奥さんと散歩した場所を訪れるたび、いくつも見つかるという。
「今日ね、お母さんね、テレビ局の人が来たんだよ。
お父さん、これから七夕を見に行きます」
ろうそくに火を灯して、手製の仏壇の前で手を合わせる。
七夕まつりは、三十年ぶりだという。
奥さんの写真を腹巻の中に入れて、金色の腕時計を巻いて、
楽天イーグルスの野球帽を被る。
「少しは、お洒落でもしねえとなぁ」
赤間さんが身支度している間、台所をお借りした。
茶碗も湯飲みも、全てふたつずつ積まれている。二人分の、朝食のあと。
「ちょっと待ってな。今、歯、磨いてるから」
風呂場から、赤間さんの泡立った声がした。
「まつりなんて、久しぶりだよなぁ。……なぁ?」
網戸越しに、どこからか高校野球の実況が聞こえてくる。
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