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 「永田町」  (2011/05/16)

「すみません、テレビ朝日ですが…」

素通りされる。首を振られる。
それはそうだ。
突然、街中で、大きなカメラを担いだ取材クルーが近付いてくるのだから。
誰だって、驚き、戸惑う。お叱りを受けることも多々ある。
銀座の三越前、東京駅の八重洲口、上野のアメヤ横丁。
買い物中、帰宅途中、仕込み中。

「連日報じられている、○○についてなのですが…」

あ、立ち止まってくれた。
不躾をお詫びする気持ちと、返答に感謝する気持ち。

「これ、いつ放送なの?」
「ええと、今日の夕方のニュースです」

街の声を聞き続けて、かれこれ5年間。
週末の「スーパーJチャンネル」を卒業し、
4月から、「サンデー・フロントライン」を担当している。

「すみません、テレビ朝日ですが…」

冒頭の問いかけは、以前のまま。
ただ、その場所は、永田町に変わった。

「先ほど審議された、第一次補正予算案についてですが…」

国会議事堂には、様々な取材ルールがある。
政治家を、歩きながら撮影することは禁止。
取材を行う場合は、相手の同意を得た上で、
通行の邪魔にならない場所まで移動して来てもらい、
固定カメラの前でのみ話を聞くことが出来る。

「少し、お話を伺ってもよろしいでしょうか?」

「話を聞く」と同時に、
「話を聞きやすい場所まで移動して欲しい」という依頼の意味合いも含む。
記者クラブに常駐しているカメラマンに話を聞くと、かつて制約は殆どなく、
対象者を追いかけてエレベーターの中にまでカメラが入ることもあった。
だが、安全上の理由で、議員運営委員会からのお達しがあり、
取材態勢が厳しく見直されたという。
確かに、各局のカメラクルーが一斉に行き来すれば、通行の邪魔になってしまう。
とはいえ、何とかして、話は聞きたい。

本会議場の重厚な扉の前で、議決を待つ。
アスファルトですり減ったパンプスのかかとが、臙脂の絨毯に重く沈む。
ベルが鳴り、一斉に国会議員が出てくる。
扉の数は一つではないので、お目当ての議員がどこから出てくるかも分からない。
素通りされる。首を振られる。
ようやく了承を得た民主党議員に、
カメラマンの待機する場所まで移動してきてもらう。

「リーダーである菅さんについては?」
「…即刻、お辞め頂きたい」

党内での不一致を改めて確認したところで、慌ただしくその場を後にした。

「皆さん、なかなか答えてくれませんでしたね…」
帰りの車中で落ち込む私に、カメラマンが笑った。
「院内は、独特のルールがあるからねぇ」
誰かに話を聞いていると、すぐさま他局も追随する。
限られた敷地内での独占取材は、殊更難しい。

ルールも場所も、変わったけれど。
誰かの声を聞くために、これからも、マイクを向ける。


(「サンフロ・ジャーナル」5月16日配信)

   
 
 
    
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