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Vol.42 3月18日 『ぐるりのこと。』

『ぐるりのこと。』

夫婦が夫婦である理由について、考えることがある。

かつて、誰かが言っていた。
「結婚とは、幻想と幻滅を卒業することだ」―と。

当時は妙に納得したものだが、前言撤回。
もっと、素直になるべきだった。
 

 

(C) 2008『ぐるりのこと。』プロデューサーズ

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一組の夫婦の物語である。
さしたる目標もなく靴修理をしている佐藤カナオ(リリー・フランキー)と、小さな出版社に勤める翔子(木村多江)。
90年代を舞台に、当時の社会的事件(「連続幼女誘拐殺人事件」「オウム地下鉄サリン事件」「音羽幼女殺害事件」「池田小児童殺傷事件」etc)を準えながら、二人の10年間が描かれていく。


翔子は、これと決めたら一直線。仕事はもちろん、週に3回の夫婦で過ごす日には、カレンダーに「×」の書き込みをしている。
片や、カナオは先輩の誘いを断りきれず、酒の席の勢いで法廷画家の仕事を引き受けることになってしまう。
「はあ!?靴屋は?とにかく…決めたことやってから話そうか」
「その日」にも拘らず、遅くに帰宅したカナオに苛立ちながら、翔子は寝室へ消える。
「この感じからは…ちょっと無理だと思うな」
カナオはぼやきながら、渋々寝室に入っていく。
 
  

しっかり者の妻。頼りなげな夫。
慌しくも平和な日常は、とある出来事を機に少しずつ変わり始める。
寝室の隅には、子どもの位牌と飴玉。翔子は少しずつ心を病んでいく。

何でもきちんとしなければ気が済まない。でも、思い通りにならないことなんて沢山ある。ちゃんとしなきゃ、ちゃんと…。背負い込んでいた思いが、ある時にどうどうと流れ出る。

泣きながら殴りつけてくる翔子に、カナオは静かに言う。
「泣く人がエライのか?泣くのは、自分を納得させたいからだろう」
振り上げた手を抱きとめ、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった妻の鼻をかんであげる。
「好きだから…一緒にいたいと思ってるよ」

受け止めてもらう喜びと、受け止める難しさ。
受け入れることの、素晴らしさ。

夫婦とは。
大上段に構えるつもりはないけれど、その答えが見つかった気がした。


例えば、洗濯物の干し方や、コーヒーの淹れ方や。
好きな映画や、これだけは許せない所作といった、ささやかで些細なことまでも。
自分にとっての「○」と「×」が、相手の正誤に重なり、時には反する。

夫、カナオにとっては。
自身の「○」「×」以前に、妻、翔子の存在があった。

お互いの「○」の端をぷちっと切って、相手をぐるりと囲むこと。
描かれた円に、時には包まれて笑い合い、時には捕まってせめぎ合う。
結び目のちょうちょは、時にはするりとほどけてしまいそうになるけれど。
伸びたり縮んだり、認めたりぶつかったりしながらも、毎日は続いていく。
 

鑑賞後。
化粧室に駆け込むと、マスクが見事に鼻水と涙で透けていた。
自身には、幻滅だが…。
もっと、素直になるべきだった。いとおしいと思う気持ちに。

 
♪作品データ♪
『ぐるりのこと。』
監督: 橋口亮輔
出演: 木村多江、リリー・フランキー、倍賞美津子、寺島進、
       安藤玉恵、八嶋智人 他
配給: ビターズ・エンド/2008/日本
※初夏、シネマライズ、シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー

『ぐるりのこと。』公式サイト
http://www.gururinokoto.jp/

   
 
 
    
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