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Vol.43 4月30日 『歩いても 歩いても』

『歩いても 歩いても』

是枝監督の映画は、いつも映画という気がしない。
自分のまわりが、走査線倍以上の鮮明さで映るのだ。
数日経った今でも、私は少し戸惑っている。


(C) 2008『歩いても 歩いても』製作委員会

ひと夏の家族の物語である。
開業医だった父(原田芳雄)と母(樹木希林)の暮らす家に、
長女夫妻(YOU、高橋和也)と、
失業中の絵画修復士の次男夫妻(阿部寛、夏川結衣)が帰って来る。
15年前に海の事故で亡くなった長男を弔う為に、
久しぶりに集まった家族の二日間を描く。


台所。母と長女が野菜の皮むきをしている。
「あ、お父さーん、散歩行くんだったらコンビニで低脂肪乳買ってきてー」
「無理よ。お父さん、コンビニの袋提げてうろうろするの嫌がるのよ」
つつき合って笑う二人。
 
 

昼の食卓。心づくしの家庭料理と上寿司が並ぶ中、何気なく母がつぶやく。
「息子の車で買物に行くのが夢だったのにねぇ…」
「乗せてやるよ、車なんかそのうちに」憮然と見栄を切る息子。
 

甘えと、期待と、諦めと、ずうずうしさと、優しさと。
会話からこぼれ落ちる、様々な思いをすくいあげる。
春雨に打たれる土のように、どんどん吸い上げる。
傘なんかいらない。遠慮なんかいらない。
でも、本当は核心に触れることなんて、話しちゃいない。


母と娘が台所に立つ場面が、特に心に残った。
他愛の無い話をしながら、
母の包丁は忙しなく動き、娘の持つピーラーは途中から止まっている。
「口ばかり動かさないで」なんて言われながら、最後には母が全てやってしまう。

我が家も全く同じだ。
「あなたがやると遅いから」「野菜の切り方が違う」。
挙句の果てには「もう、あっち行っていなさい」
「せっかく手伝おうと思ったのに…」
拗ねて居間に向かうと、
「手が荒れるとテレビに映った時に困るでしょ」と台所からぽつりと聞こえる。
はっとしたが、どうして良いか分からずに聞こえなかったふりをする。
私がやってあげたいこと。
母がやって欲しいこと。
 

映画と同じく、帰省の際の食卓は華やかだ。
すき焼き、お刺身、好物のお好み焼き。
冷蔵庫は常に満杯だが、両親だけの時はきっとそんなことはない。

ならば私も。
毎回、バームクーヘンやらかりんとうやら、
山ほどの紙袋を抱えて新幹線に乗り込む。
映画の中でも、息子一家は大きな西瓜とシュークリームを手土産に渡していた。 

言いたいこととか伝えたい気持ちとか、直接言えずに何かに託す。
何かを介することによる距離に甘えつつ、少し安堵して。


息子夫婦が滞在を終えて、帰りのバスに乗り込む場面がある。
夫婦の後ろで、見送る両親がだんだん小さくなっていく。
「正月は来なくていいだろう、年に一度でたくさんだよ」
「今度は日帰りにしましょうか」
自分も、東京に帰る前の日は決まって喧嘩をして、
暗い気持ちで新幹線に乗ることを思い出す。

どうも、うまくいかない。伝わらない。
歩いても歩いても、たどり着かない。 


来月、両親が上京する。

 
♪作品データ♪
『歩いても 歩いても』
監督・脚本: 是枝裕和
出演: 阿部寛、夏川結衣、YOU、樹木希林、原田芳雄 他
配給: シネカノン/2008/日本
※6月下旬より、シネカノン有楽町1丁目、渋谷アミューズCQN、
新宿武蔵野館ほか全国ロードショー

『歩いても 歩いても』公式サイト
http://www.aruitemo.com/

   
 
 
    
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