前の記事を読む 次の記事を読む  

 
 

Vol.37 6月28日 『天然コケッコー』

夏休みの前日って。
妙に、どきどきしませんでしたか。

くたびれた上履きを、少しだけ特別な気持ちで履いたり、
通い慣れた通学路を、まるで浮かぶように駆けたり。

通勤ではなく、登下校していた頃を、思い出してみて下さい。

 

(C)2007「天然コケッコー」製作委員会

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『天然コケッコー』

海、山、空。
鶏小屋、水飲み場、海への裏道。
三つ編み、ビーチサンダル、夏服。
 
何もかもが、光って見える。
日常の情景に、白い色鉛筆を塗り足したような。

全く、きらきらしている。
全然、ぎらぎらしていない。

島根県浜田市。
豊かな自然に恵まれた小さな村にある、全校生徒が小中合わせて6人の分校。
ある日、東京から、転校生がやってきた。

「わ、時計、しとるよ」

主人公・右田そよ。
転校生・大沢広海。
初めて出来た同級生は、背が高くて、そよたちの知らない言葉を放つ。
  

食べたり、飲んだり、駆けたり。
泣いたり、笑ったり、焦がれたり。
村人たちに見守られながら、日々は、季節を纏って静かに移ろう。

神社でのワンシーン。
大沢君の着ているジャケットがどうしても欲しくて、そよは思わず口走る。
「代わりに、チューしてもええよ」
欲しいのは、ジャケットなのか。
大沢君が着ている、ジャケットなのか。
それか…。

知識が興味に追いつかず、心と身体もまだバラバラ。
子どもの邪気のなさは、甘やかで危なっかしい。
成長した後のそれは、時としてあざとさになりかねないのに。

きらきらとぎらぎらの波間で、大人は揺れる。
現実という、大きな浮き輪につかまって。

歳を重ねたら、やがて見えてくるであろう様々なこと。
例えば、そよの母親と、父親の昔の恋人が、郵便局でばったり会ってしまう。
その人は、大沢君の母親でもあった。
 
そういう「ぎらぎら」が、随所に散りばめられている。
浮気の心配とか、村でのしがらみとか。
向き合わずにはいられない物事を、時には見て見ぬフリをして。

子どもにだって、「ぎらぎら」はある。
あぜ道を、来る日も来る日も集団で登下校。
たまには一人になりたい時も、二人きりで帰りたい時だって、ある。

時折、差し色のように、パステルの情景にグレーがかかる。
遠景を捉えるカメラが、虫の息吹までも包む。
やがて風が吹き、棚田に茜がこぼれる。

「もうすぐ消えてなくなるかもしれんと思やあ、
ささいなことが急に輝いて見えてきてしまう」

ささいなことの連なりも、いつかは消える。
そして、そよが、泣く。

涙を流せば、鼻水が出る。
ハンカチも、ティッシュもいらない。
綺麗な涙だけを「見せよう」とする意識など不要。
なんともしょっぱくて、ぐしゃぐしゃで。
こんなにも純度の高い液体こそ、もしかしたら、一番美しいのではないか。

♪作品データ♪
『天然コケッコー』
原作: くらもちふさこ (集英社刊)
監督: 山下敦弘
脚本: 渡辺あや
出演: 夏帆岡田将生夏川結衣佐藤浩市 他
配給: アスミック・エース/2007/日本
※夏休み シネスイッチ銀座、渋谷シネ・アミューズ、新宿武蔵野館ほか
全国ロードショー

『天然コケッコー』公式サイト
http://www.tenkoke.com/

   
 
 
    
前の記事を読む 次の記事を読む