この映画を観て以来―。
舞い落ちる桜のスピードが気になって仕方ありません。
指先に乗ったひとひらは、コンタクトレンズと同じ大きさでした。
霞は、裸眼かまどろみか。
何にせよ、視界のすみずみまで春です。
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(C)Makoto Shinkai/CoMix Wave Films |
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『秒速5センチメートル』
「秒速5センチメートルなんだって」
「え、何?」
「桜の花の落ちるスピード」
小学校の卒業と同時に離ればなれになった、少年少女。
【第1話】 桜花抄
【第2話】 コスモナウト
【第3話】 秒速5センチメートル
一人の少年を軸として描かれる、連作短篇アニメーション。
少女との再会、
高校時代の少年を見つめる別の少女からの視点、
社会人になった彼らの日々が、時と共に語られていく。
草の影、水溜りを滑る桜の花びら。
沿道の自動販売機、上下線の電光掲示板。
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何気ない場所の、何気ない瞬間が、息を飲むような色彩で刻まれる。
風景は現実の後ろで、正しい位置に、正しい配色で、整然と佇む。
そして、人物よりも雄弁に心象を語る。
会いたいのに会えない、伝えたいのに伝えられない。
どうしようもなく辛い状況も、彼らを取り巻く景色を前にすると、
柔らかな温かさに包まれる。日々はこんなにも美しかったのか…と。
では、この作品は、水彩タッチのただただ甘酸っぱいお話なのか。
純然と輝く背景が、何故あんなに美しかったかを、最後の5分間で知った。
美しく「見えた」のかを。
それは、振り返った時の景色だったから。
そう言えば―。
昔から、過去の記憶を辿る時、まわりの景色だけは妙に覚えているものだった。
通い慣れた道沿いの、レンタルビデオ店の看板。
入学式当日の、曖昧な曇り空。
肝心のことはおぼろげなのに、輪郭だけは、色彩や匂いや温度までもが鮮明だ。
当時の記憶を映像化するならば、
人物だけが影絵で、吹き出しも真っ白で、背景だけがくっきりと浮かぶ。
知らず知らずのうちの、自己防衛なのかもしれない。
記憶の真ん中を、ドーナッツのようにぽっかりと空けておく。
あまりに楽しいことを思い出せば、また、戻りたくなってしまう。
あまりに辛かったことを思い出せば、もう、前に進めなくなってしまう。
引き戻された後に、自分までもがぽっかり空いてしまわないように。
在りし日の景色が特に滲んで迫るのは、何故か桜の季節だ。
瞬時に咲いて、記憶が巻き戻り、瞬時に散り、なかったことになる。
時間の隔たり、人との距離、忘れゆくスピード。
幾重もの、出会いと別れ。
映画館から出て―。
美麗な世界を見た後は、今いる現実までもが澱みなく映ることがある。
今回は、違った。
過去は過去。
それでも、日々は続いていく。
猥雑で、混沌としていて、でも、力強い光景。
桜が散った後の、葉桜の情景に似ていた。
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『秒速5センチメートル』 |
監督/原作/脚本:
新海誠
声の出演: 水橋研二、近藤好美、尾上綾華、花村怜美 |
配給:
コミックス・ウェーブ・フィルム/2007/日本
※公開中 渋谷シネマライズほか全国単館系映画館にて順次公開 |
『秒速5センチメートル』公式サイト
http://5cm.yahoo.co.jp/ |
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