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「なんばさん」(2012/12/21)

「なんば君は?」

番組の収録が終わると、田原さんは必ず彼の名前を呼ぶ。
スタジオを出て、ゲストをお送りして、メイクを落として、着替えて―。
その間、周りのスタッフや出演者にも、意見や感想を求める。
「どうだった?」
「さっきのエネルギー問題ですが…」
議論は延長戦となり、エレベーターに乗った後も、車輛口まで続く。
そして、車に乗り込む直前に、もう一度。

「なん…」

すると、サブ(副調整室)での作業を終えたなんばさんが、
収録テープを抱えたまま、息を切らして走って来る―。

『激論!クロスファイア』のディレクターである彼は、番組の構成を担当している。
週に二日行われる会議では、いつも田原さんの真正面に座り、
どんな話題を投げかけられても、静かに打ち返す。
デスクには、政治経済の書籍が整然と並び、
話題の新刊が日に日に高く積まれていく。

なんばさんと私は、同じ年に入社した。
新人の頃、スーパーの激安リポートを初めて担当した時に、
同じく新人ADとして現場に来ていたのが彼だった。
「このキャベツが、たったの10円!」
ぎこちないリポートを何度も撮り直し、
結局、朝からのロケは夕方までかかってしまう。
帰りの車中で皆が寝ている中、
ADさんの定位置である後部座席から、ぼそっと声がした。
「分かっていて驚くの、難しいですよね」

あれから10年。
警視庁クラブや『サンデープロジェクト』を経た、
ディレクターのなんばさんと再会した。
年月を重ねたとはいえ、30代の我々は、経験豊富なスタッフたちの中では若手だ。
田原さんから見れば、もっと若い。
知識も経験も足りない中で、何をすべきか。
分かっていないことは、たくさんある。

お忙しい田原さんの出演情報は、スタッフの間で共有しているものの、
短いインタビュー出演などは、危うく見逃しそうになることもある。
「年内解散の可能性は…」
他局のニュース番組を見ていると、ふいに聞き慣れた声。
慌ててなんばさんにもメールを送る。

件名:TBS
本文:田原さん出演中です!


数分後。

件名:RE:TBS
本文:ご連絡ありがとうございます。年内解散だとすると、特例公債は…


早々に、返信が来る。
単語だけの雑駁な内容とは打って変わり、簡潔で丁寧な文面。
絵文字も誤字脱字も、一切ない。

番組は、今年で3年目を迎えた。
放送回数は、122回。

「なんば君は?」
「もうすぐ来ます!」

収録が、滞りなく終われば…。
今週は、間に合うかな。



収録後、田原さんとなんばさんと、
来年の干支である、ヘビのぬいぐるみと一緒に


(11月12日配信)   

   
 
    
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