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「祖母のふとん」(2012/10/29)

平日の午前。
実家に向かう電車内で、寝具会社の広告が目に留まった。

「どんなにたいへんな時代も ふとんの中は平和だったよ。」

おじいさんと、孫らしき女の子が縁側で笑っている。
広告には、「創業445周年」の文字。

当時は―戦国時代。
車窓越しに広がる田園でも、かつて合戦が繰り返されたのだろうか。

座席で新聞をめくると、見出しが揺れる。
“景況感悪化”
“中国の対日圧力”
がちゃり、がちゃり。
鎧の音は聞いたことがないけれど、
445年後の世の中は、どことなくそんな音がしている。

帰省すると、見たことのない布団が用意されていた。
亡くなった祖母が、母に作ってくれた、真綿の布団。
軽くて暖かい羽毛が主流となった今、重みのある真綿の素材は珍しい。

「この布団、前からあった?」
「実はね…」

蚕の繭から作られる真綿の布団は、保湿性と吸湿性に富み、
長年使い続けるには手入れが難しい。
先日、母が専門店に打ち直しをお願いした際、
送られた布団を見た先方から、
「真綿では難しいかもしれない」と言われたという。

「そうですか…」

職人さんと電話でやり取りするうち、布団にまつわる話になる。
祖母から母への、手作りの品であること。
作ってくれた翌年、祖母が亡くなったこと。

職人さんのお父様は、3年前に亡くなっていた。
生前、庭いっぱいのバラを大切に育てていたこと。
その後、自分が手入れを引き継ぎ、今年、初めて数輪だけ咲いたこと。

「大切にしていたものを大切にしたい気持ち、よく分かります。
だから、このお布団も、必ずよみがえらせます」

布団は、もう一度職人さんの手に渡った。
「引き直し」という別の方法で仕立て替えが行われ、
ふくよかな姿になって、実家に戻ってきた。
今日は、祖母の布団で眠ることにする。

どんなにたいへんな時代も ふとんの中は平和だったよ。

翌朝。
真綿の重みは思った以上で、目が覚めると軽い肩こりに見舞われた。
母には筋肉のなさを笑われたが、
ずんぐりした両肩のまま、不思議と軽い気持ちになる。





(10月15日配信)

   
 
    
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