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「旅行記(インド編)」(2012/9/1)

ヒンドゥー教最大の聖地、バラナシ。
ガンジス川のほとりにはガート(木浴場)が点在し、
日の出と共に、人々が沐浴を始める。




サリーの色彩が川面に揺れ、花売りの少年の声が響く。
洗濯を始める婦人たちの傍らで、修行僧が目を閉じて念仏を唱える。




日が昇って、川沿いを歩く。
牛、猿、犬、鼠、人。


 



隙間無く行き交う小路を北沿いに進むと、下流に火葬場が見えてくる。
積まれた薪が要塞のように辺りを囲い、その中で遺体が焼かれていく。

祈りながら見守る家族。
黙々と薪を割る、ドーム・カーストと呼ばれる作業員。
旅行者に薪代を要求する案内人。
灰を被りながら、チャイを飲む少女。

くるまれた布から突き出た足は、真っ直ぐに伸びていた。
踏みしめられた時間が、炎の中で朽ちていく。




火葬場から上流に戻る途中に、古くからの日本人宿がある。
ガートに下る階段沿いの部屋には壁がなく、
通り際には、古畳に寝転がる宿泊客の姿が見える。
縁側に投げ出された、つるりと光る誰かの生白い足。
炎に巻かれた、火葬場の足が重なった。




夕刻になると、メインに位置するガートではプージャ(お祈り)が行われる。
狭い階段に幾人もがひしめき合い、
川に向かって、僧侶たちが捧げる灯火を見つめている。




ふいに肩を叩かれて振り向くと、額にティカ(赤い粉)をつけられた。
少年が、色粉の盛られた盆を持って笑っている。

「どうもありがとう」
「1ルピー、ちょうだい!」

人々は、この地で、
祈る。
弔う。
商う。
誘う。



信仰心、猜疑心。
死生観、金銭欲。
全てが受け入れられ、そこにたゆたう。

聖なる川は、澄んではいない。
でもきっと、日々を煮しめたら、こんな色。
無知も、無垢も、無難も、無防備も、
無色透明では、ないはずだ。





(8月18日配信)   

   
 
    
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