転入先の2年4組は、担任不在だった。
当初の先生が、新学期の直前に入院したという。
「東京から来ました」
誰に促されるでもなく、誰に問われるでもなく、
黒板を背に、自己紹介を始める。
長谷先生が赴任してきたのは、5月だった。
東京で翻訳の仕事をしている最中、
教師の経験がないままに、急遽呼び出された。
その間、クラスで決まったことは、席順のみ。
男女で座るか、一人一人が離れるかで紛糾し、
折衷案として、なぜか三人ずつが並んで座ることになった。
長谷先生は、大きなリボンのバレッタで髪を束ね、
ふわりとしたスカートを履いていた。
「教室に入ったら、妙な三列座りでびっくりしたわ」
後になって先生は笑うけれど、
私たちも、その華やかな格好にびっくりしていた。
ホームルームの挨拶は、全て英語。
授業では、ビートルズの歌詞を和訳し、「では、一緒に歌いましょう」。
14歳にとっては、ハローもグッバイもイエスタデイも「やってられへんわ」。
声を出す生徒はいなかった。
ある時、隣のクラスの女子たちにトイレに呼び出された。
肩まである髪が茶色いと咎められ、
手洗い用の石鹸を頭に押し当てて、「これで洗って来て」。
薄橙の平たい固形が、耳のうしろでぐねっと曲がった。
教室に戻ると、先生がひとりで床を拭いていた。
しゃがんだスカートの裾に、ほわりと埃が立つ。
掃除の時間は、とうに過ぎている。
トイレでのこと、言ってしまおうか。
先生は、聞いてくれるだろうか。
そうしたら―。
私に気付いた先生は、言い訳をするように笑った。
さっきから、全然きれいにならないのよ。
何も言えないでいると、床に向かって言葉を続ける。
…こっちから、歩み寄らないとね。
英語の挨拶の方が、ずっと簡単だった。
べたべたの髪の毛は、水飲み場で洗った。
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