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「カイダさん」(2012/7/28)

「田原さん、いらっしゃいましたぁ」

その澄んだ一声を聞くや、スタッフ一同ぞろぞろと会議室に移動する。
声の主は、カイダさん。
『激論!クロスファイア』でただ一人のADさんだ。

大学を卒業してすぐ関西から上京し、一人暮らしを始めた彼女は、
職場まで1時間以上かかる場所に住んでいる。
「どうしてわざわざ?」と聞くと、
「不動産屋さんが、いい人だったから…」
最近は、食費の節約のためにプリン作りを始めたそうだ。
「節約?」
「はい。お菓子代って、結構かさむんです」
どうやら、甘いものをやめることは考えていないらしい。

積み上げられた書籍と新聞、
ディレクターやプロデューサーのおじさま方に囲まれて、
打合せの日程調整、政治家の事務所への連絡、
資料の整理、伝票処理などを、日々行っている。
ある政治家が朝早くに出演する時は、
血糖値を上げてもらうため、必ずチョコレートを買いに走る。

「そろそろ、お迎えに行ってきます」

打合せの15分前。
田原総一朗さんの送り迎えは、カイダさんの大切な仕事のひとつだ。
会議室には、過去数日分の一般紙全紙と、
お茶の徳用ペットボトルが予め用意されている。
毎回2時間に及ぶ打合せは、本番さながらに意見が飛び交うため、
夏でなくとも喉が渇く。






打合せの後は、皆で田原さんを正面玄関までお見送りする。
「どうもありがとうございました」
私たちは、玄関前まで。
ここから先、田原さんを次の予定先までアテンドするのはカイダさんだ。
ライトグレーのスーツに寄り添う、黒いスタッフジャンパー。
ふたつの背中が、ゆっくりと遠ざかっていく。

田原さんの両肩がキッと上がっている時は、会議が特に白熱した時。
下がっている時には、スケジュールが特に立て込んでいる時。
そのお隣も、時として、デキる秘書に見えたり、孫娘のようだったり。






「お見送りの時って、いつも何話してるの?」

この日は、打合せの開始時刻がいつもよりも遅く、
カイダさんを、会社近くのスターバックスに誘った。
仕事の間に少しだけ時間が空くと、私たちはよく飲み物を買いに行く。

「え〜、色々ですよぉ」
ラテにシロップを入れながら、はにかんで笑う。
「打合せの話の続きとか、この前のバラエティの感想とか…」
他局も含めた田原さんの出演情報を、
彼女は我々スタッフにメールで知らせてくれる。
「でも、ちゃんと答えられているか、自信がなくて」

それ、私も同じ!
「村上さん、どう?」
スタジオでは、問いかけに答えられているかどうか…。
「カイダさん、どう?」
道中でも、田原さんからの「振り」が繰り広げられていたとは。

「打合せの終盤は、この後、何をお話しようかこっそり考えているんです」
確かに、議論が概ねまとまると、田原さんは急に話題を変えることが多い。
私には、「旦那さんとケンカする?」
独身のディレクターには、「ねえ、結婚しないの?」
そんな中、田原さんのスイッチの切り替えをいち早く察し、
数分後の話題をめぐらせていたなんて。

「でも、嬉しいんです」
私にも、色々と話しかけて下さるので。
カイダさんは、ふわりと言葉を重ねる。

そうだよね。
田原さんは、いつも全力だよね。
全力で、接して下さるよね。

「あ、そろそろ田原さんいらっしゃるかも!」

ラテを抱えて、ふいに、ぱたっと席を立つ。
あわてて私も、彼女の後を追いかける。




(7月7日配信)   

   
 
    
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