高校に入学した私は、
その日から親元を離れて暮らすことになっていた。
山の上にある校舎の、さらに奥。
ゆるやかな桜並木を上りきると、寮の屋根が見えてくる。
入学式を終えて、午後からの入寮式に向かう途中、
母と私の少し後を歩く父が、ふいに呼びとめた。
「綺麗な桜だなぁ」
予め送ってある段ボールには入りきらない、
衣類や常備薬が詰まった紙袋を、両手に抱えて。
見れば分かるじゃない、お父さん。
言葉を飲み込んで、立ち止まることなく、薄紅の風を抜けていく。
不安だとは言えない。寂しいなんて、もっと言えない。
自分への苛立ちと、父への甘えに気づかずに。
上っても、上っても、桜がひらひらと視界を揺する。
電柱も、転がったテニスボールも、全てが真新しく照らされていた。
ようやく寮にたどり着くや、玄関前で「男子禁制です」。
部屋に入れてもらえなかった父から紙袋を受け取りながら、
呼びかけに応じなかったことを、心から後悔した。
その後、すっかり寮生活にも慣れ、
溢れる桜に囲まれて、三度の春を過ごした。
歳月を振り返る。
並木道で振り返る。
「…」
記憶は絵画のように、静止したまま動かない。
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