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「鶯色のコート」(2012/3/7)


「どうもー」

低く小さな声で、会議室に入って来られる。
手には、A4サイズの茶封筒のみ。
よく見ると、電話番号と思わしき数字が、封筒の各処に記されている。

田原総一朗さんとの打合せは、週二日。
『激論!クロスファイア』にお招きするゲスト、テーマなどを、
約二時間かけて話し合う。
毎回、本番さながらの気迫で開かれるこの会議は、
自分にとって鍛錬の場だ。

「国会は、与党も野党も…」

時候ならぬ、時事の挨拶から、会議室での論戦は始まる。
我々に求められるのは、相槌ではなく、意見。
今国会の問題点や疑問を、スタッフ全員で田原さんにぶつけていく。

「じゃあ、何でそれをテレビでは報じないの!?」

…。
一同、沈黙。

「ねえ!東電は、国有化すべきかな?」

次なる議題は、すぐさま飛んで来る。

「経産省と財務省でも、見解が違うようですが…」
「じゃあ、今度、○○さんに出てもらおうか」

即座に携帯電話を取り出して、「もしもし、田原総一朗ですが…」。
会議でのやり取りから、ゲストやテーマが決まることもしばしば。
通話相手が本人であることも、多々ある。

「じゃ、よろしく」

机に置かれた茶封筒を手にしたところで、会議終了。
玄関までお見送りする中、普段の黒いコートとは違う、
鮮やかな鶯色が目に飛び込んで来た。
田原さんの豊かな白髪との対比が、新芽に雪が揺れるようにも見えて、
思わず訊ねる。

「コートの色、変えられたのですね」
「え?」

立ち止まり、コートが話題だと気付いた途端、急に口ごもる。
いつも、口ごもってばかりなのは、私の方だ。
あの田原さんが、曖昧な答えなんて?

「春を先取りですか?」
「…まあ、いいじゃない!」

笑った頬に、ほわっと桜の色が浮かんだ。


目下、鶯色コートの再登場ならず。
密かにお待ちしております。



(2月18日配信)   

   
 
    
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