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「ニセ栄冠」(2012/2/24)


がんばれ 中学受験生


駅に貼られた筆書きのポスターに、足が止まる。
2012年、2月。
鮮烈な経験上、頭の中の歳時記では、断然、節分より中学受験である。

東京の私立中学の受験は、2月1日から始まる。
1日、2日…複数の志望校を併願するのが一般的で、早ければ3日には
合否が分かる。
近年の少子化で志望者数が減っているものの、
日取りも、あのポスターも、変わっていない。

週5日の塾通い。ランドセルがダサいと感じ始める高学年の時分、
塾用に買ってもらった新しい鞄が嬉しかった。
テキストとお弁当を鞄に詰めて、夕方、駅前まで自転車を走らせる。
自転車置場の前の銀行名は、ころころ変わった。
太陽神戸銀行、太陽神戸三井銀行、さくら銀行…。
社会のテストには出なかったけれど、
世の中は、何だか色々と複雑そうだった。

全国展開していたその塾は、当時、地元に出来たばかり。
新設校ゆえ、実績を作りたかったのだと思う。
国語、算数、理科、社会。
各校から、名物先生が引き抜かれ、結集した。
先生たちは精鋭でも、合格率の高い他校に比べ、
テストの総合点はいつもドン底。
「栄冠クラス」という立派な名前も、あまりの出来の悪さに
「ニセ栄冠」と呼ばれた。

    にんき
「『人気(ひとけ)のない父の部屋』って何だ!?
部屋のランキングでもあるのか?」

珍回答に呆れた国語の先生も、最後には笑い出す。
つられて笑った私も、数式を前にすると、鉛筆がぴたりと止まった。
一転、「人気のない」クラスメイトは、算数が大得意。
そんな中、ニセ栄冠生が出した答えは、各々が得意分野で頑張って、
総合点を上げること。
本来は、全科目バランス良く頑張るべきなのだが…。
映画『がんばれベアーズ』よろしく、妙な連帯感が生まれ、
少しずつ点数は上がっていった。

1991年2月。
何とか志望校に合格した私たちに、先生は涙を流して喜んでくれた。


冬が来て、春。
12歳の受験生たちは、どんな思いで、季節を通り過ぎるだろう。
通っていた塾の跡地に別のビルが建ったことを、
随分と後になって聞いた。

がんばれ、中学受験生。
これからの人生、いろいろあるよ。

去年よりも冷たい風に肩をすくめて、
おせっかいな先輩風を、ちょっとだけ吹かせてみる。



通称「合格手ぬぐい」!
受験当日、鞄に忍ばせていました。
先生たちが寄せ書きして下さった、思い出の品です。



(2月4日配信)   

   
 
    
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