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「『30人31脚全国大会』で思ったこと」(2001/12/12)

 
アナウンサーは「通り雨」のような存在だと思う。
出会っても、すぐにその場から離れなければならないから。

11月23日、さいたまスーパーアリーナで「30人31脚」の全国大会が行われた。出場校は全部で27校。私は、関東代表3校+少林寺チームの応援リポートを行った。

1校目。「○○小学校、全国制覇を目指します!」
2校目。「△△小学校、ゴールに向かって駆け抜けます!」
3校目、4校目・・・。

通り雨のように、言葉の雨を降らす。取材した学校にも、出来なかった学校にも。

少林寺チームのキャプテンと
 

私は事前に、少林寺チームと、豊島区立・大塚台小学校の取材を行っていた。
抜群の運動神経を誇る少林寺の子供たち。彼らの横を走ってみたが、全速力でも適わなかった。
大塚台小学校の取材。久々に見た校庭は、土ではないサーファス舗装だった。放課後のチャイムの音は「イチニ、イチニ」の掛け声にかき消された。

時間やその他の都合で、残念ながら取材できなかった学校もある。

担当した学校それぞれに対して「優勝だ!!」と叫びながらも、心のどこかで戸惑いや迷いがあった。頭の中で4つの学校がぐるぐる回る。
「どの学校にも頑張って欲しいけれど・・・」

しかし、私がどんな気持ちでリポートしようが、時間は流れていく。
そして最後には、きちんと、ひとつの番組になる。

出会いと別れが連動的に繰り返される毎日が、画面上のコマ送りのように過ぎていく。その中で自分の気持ちは、時折、置いてきぼりにされる。

今回出会ったのは、心の絆と足ヒモを、堅く結んだ小学生たち。
もちろん、彼らには「授業」という日常がある。
私にも、ささやかながら日々の仕事がある。
お互いの時間をチョキチョキ切り取って、パッチワークのようにつなぎ合わせる。そうやって、出会って、取材して、番組が出来ていく。互いの日常を切り貼りして作った、特別な時間。「仕事」という言葉では、とても表現しきれない。

収録終了後。
帰りの車の窓越しに、高く浮かんだ月を見た。

「通り雨よりも、月がいいなぁ」

私がかつて、小学生だった頃。
ピアノ教室の帰り道、月は走っても走ってもついて来て、弱い光で照らしてくれた。

仕事で言うと「密着取材」ということになるのだろうか。
月のように、ずっと、そっと、彼らを見ていられたら・・・。

出会いと別れの繰り返し。

※「30人31脚・全国大会2001」は、
12月15日放送です。

 
 
    
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