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2月6日 トリノ五輪のミドコロ
魂をぶつけ合う日まで 岡崎朋美 34歳

トリノ五輪のミドコロ第三弾はスピードスケートの岡崎朋美選手です。
トリノが4度目の五輪、34歳、知名度もあり、競技に向かう姿勢がしっかりしているとして、今回の日本選手団の主将に選ばれました。
1月11日に報道ステーションで放送されたものをまとめてみました。

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岡崎朋美選手 34歳


岡崎:「オリンピックでみんな集中してきますから、そこで勝ちに行くと言うアクティブな戦いと言うのが楽しいと思うんですよね。みんなの魂をぶつけるというか」

魂をぶつけあうその瞬間のために、今という時間に全力で向かう。
スポーツの真髄がそこにありました。
 
「魂をぶつけ合う日まで 岡崎朋美 34歳」





エルゴを限界までこぐ


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宮嶋:「冬の競技はいかに道具を使いこなすかと言うのが大きなポイントになります。
このスピードスケートの場合もまさにエッジ一ミリの戦いです。」
 
このオリンピックシーズンにどんな道具を選ぶかは、結果を大きく左右します。
夏のカルガリー合宿で、岡崎朋美さんは新しいスケートの刃を試していました。

岡崎:「もうちょっと軽量化がなるはずなんですよね。」
宮嶋:「今まだ重いのね」
岡崎:「ちょっと重たいですね」



7月カルガリー合宿で




10月28日、29日、
Mウェーブで行われた全日本距離別選手権。
新しいスケートのエッジでどんなタイムが出るのかが試されます。
岡崎が得意とする500m、




今シーズンはこれまでになく体力をつけてきたと言う自負があったにもかかわらず、タイムが伸びず、吉井、大菅という若手に抜かれ3番手に沈みます。





原因が最初の100mにあることは明らかでした。
100mの通過タイムが10秒54もかかっているのです。
10秒5を切らなければ、500mでは戦えません。

岡崎さんはレース終了と同時に、今度は同じタイプで軽いアルミ製の刃を試し始めました。



同じように、清水宏保選手も靴とスケートの刃をどうするかで悩んでいました。
よいすべりを感覚的に知っているベテランになればなるほど、道具選びは慎重になります。





清水宏保選手


スラップスケートが誕生してからまだ8年。
発展途上の道具だけに、改良されたものが次から次に出てくる現状があります。

岡崎:「まだいいのが出るんじゃないか、次から次に出てきているので、でも、自分のスケーティングでどれがいいのかは自分で身体で試さなくちゃいけないんですね。」

岡崎選手を16年間指導してきた富士急行スケート部の長田監督の心も揺れていました。

長田監督:「ちょっと道具を変えたりすると、それになじむまでワンシーズンかかっちゃいますね。でも変えなきゃならないときは変えるし。」



刃は難しい・・・と話す岡崎


ワールドカップ第一戦は高速リンクのソルトレイクシティ。
加藤条治が世界新記録を出し、大菅、吉井の二人が日本新記録をマークするなど、高記録ラッシュに沸きました。しかし、そんな滑る氷でさえも、岡崎選手は最初の100mで10秒5を切ることができず、惨憺たる結果となってしまいます。



加藤条治が34秒30の世界記録をマーク


吉井小百合


大菅小百合
 



岡崎:「滑るリンク、滑らないリンク、どこへいっても10秒5、とか6なんです。おんなじなんですよ。もうこのままじゃ無理だ。オリンピックで戦うにも戦えないと言う状況だったんですけれども。」

長田:「100がとにかく遅かったんでね、100が遅いっていうのは致命的になるから・・」

11月下旬、長田監督は、昨シーズン使っていた古いスケートの刃に戻すことを決意したです。



長田監督は古いスケートの刃に戻すことを決意


12月9日 W杯トリノ大会

トリノのオリンピック本番と同じ開場で行われたワールドカップ第三戦。
昨シーズン使っていたエッジが面白いように氷を捉えていきます。
100mの通過も10秒44。
そのスピードを生かしてゴールまで駆け抜けていったのです。
 




500mの二本のレースで、2度とも表彰台に上ることができました。



 


岡崎:「トリノでは表彰台二回上がったんで、自信にはなりましたね。ふふふ、よかった、ちょっと安心しました。このままいっちゃうのかな、だめなまま行ったら良いところないよって思いながらいたんで。」
宮嶋:「道具と体の掛け算ですね。これは」
岡崎:「そうですね。あの細いのに乗っているからバランスとるのに筋肉がないと乗れないんですよね。」





腿の大きな筋肉は、スクワットで100キロを越すバーベルを持ち上げることで、作り上げられてきました。
さらに、厚さ一ミリのエッジをコントロールするためには、
細かな筋肉も要求されてきます。





スケートの刃は厚さ1ミリ


岡崎:「極端に、アウト、アウトと言うのは外側ですね」
「外側のエッジから入るんですね、入って、フラット、ひねりますから。そして平坦なフラットからインに倒してキックと言う感じなんですね。」



アウトというのは外側のエッジ、そして平坦なフラット、そして内側のエッジ インと
ひねりながら滑っていくのです。



アウト


フラット


イン


アウトフラットイン、エッジを微妙に操っていくのは細かな筋肉です。

岡崎:「このエッジで滑らなければならないので、腿で外即、内側、ほんのちょっとの数ミリの筋肉のずれで変わりますから、どうにでもなるんですよ、倒れ方が。」

アウトフラットインとエッジをコントロールしていく細かな筋肉。
それは、自分の体を動かしながら、でこぼこの山道を登ったり、階段を駆け上がったりしながら、作られていくのです。

一ミリのエッジを操るための脚は今、完成の域に入っています。







12月27日、オリンピック代表選考会の朝、
6時半。まだ誰もいないリンクの片隅で一人ウオームアップをする岡崎選手の姿がありました。

オリンピック代表になるためには上位4位までに入らなければなりません。



昨シーズンの古いエッジはここでも岡崎さんの腿の力を存分に発揮させてくれました。
最初の100m。
なんと10秒36で通過
国内の自己ベスト記録です。

低い姿勢でアウトフラットインを繰り返し、ゴールタイム38秒36の大会新記録で優勝。









この大会の結果、岡崎さんは500mと1000mの2種目で、4度目のオリンピック代表に選ばれたのです。





22歳で初出場のリレハンメル、
26歳で獲得した長野の銅メダル。
腰の手術から立ち直り30歳で出場したソルトレイクシティー
そして、4度目のトリノオリンピックは最年長の34歳で臨みます。



トリノ五輪スピードスケート短距離代表選手


宮嶋:「トリノは岡崎さんの集大成になるんですか。」
岡崎:「したいんですけれどね、年齢のこともありますし、次バンクーバーっていうと38なんで、まあやればできるんでしょうけれどね、4回出ますけれど、3回のオリンピックよりも今度のオリンピックのほうが準備は整っているんじゃないかと思うので、いい形で挑戦できるような気がするんですよね。」



競い合う。魂をぶつけ合うその日まで、
やりのこしたことが無いように、一日一日を大切に生きる。

日々の積み重ねを一瞬に昇華させる日がもうすぐやってきます。



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【取材後記】

トリノ五輪を前に、岡崎さんはドイツのインツエルンで合宿をしてきました。
屋内のリンクが多くなっている中で、インツエルンは屋外。雪が降り、マイナスの気温に震えながらの調整だったそうです。そんな中でも「なんだか新人のころを思い出しながら滑っていました。気持ちがフレッシュになったような感じです」と前向きな感想を送ってくれました。
岡崎さんが富士急行に入社した18歳のころから16年間、毎年のようにそのトレーニングや試合を見てきました。絶好調の時もあれば、どん底の時もありました。どんな時も、自分の心を真正面からじっと見つめ、いい方向に向かうようにポジティブに考えていくのが岡崎流でした。何事からも逃げないのです。今年34歳。その年齢すら言い訳にはしません。
岡崎朋美の持てるもの全てをトリノで見たい、心から、そう思います。
 
   
 
    
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