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8月20日 スエツグ 進化する走法

 
オリンピックの華といえば陸上競技の100m
日本の末続慎吾選手が、このオリンピックは100mに挑戦することを発表しました。
どうすれば黒人選手に伍して走れるのか、走法と格闘する姿を去年から追っていました。
これは7月29日に報道ステーションで放送したものの概略です。
 


去年8月パリで行われた世界陸上200m、黒人選手に囲まれながら、末続慎吾選手は見事3位に入り、日本人として初めて短距離のメダリストとなりました。
世界の人々をも驚かせた日本選手の銅メダル獲得。
海外のメディアも、日本古来のサムライ、忍者などからヒントをえたスプリンターとして取
利上げたほどです。

 
ファイナンシャルタイムズ(英国)


宮嶋:「今世界が末続慎吾選手の走りに注目しています。その独特の走法とは一体どんなものなのでしょうか」

 


末続選手が高野進コーチの指導を受けるようになって、6回目の夏を迎えます。
高野コーチは12年前のバルセロナオリンピックで400m決勝進出を果たした名選手で今でも、選手たちに様々な動きをみせながら、アイディアを伝授していきます。

 
末続慎吾選手 24歳 (ミズノ)

末続選手は身長178センチ、体重64キロ。
そのバネには天性のものがありますが、スプリンターとしては細身です。

これまで世界のトップスプリンターといえば、筋骨隆々とした黒人選手がほとんどでした。
いわゆるパワーで走る選手たちです。

黒人選手と日本人選手では骨格が違います。
国立科学博物館馬場悠男氏に伺ってみました。
「私たち日本人は上下にすっとまっすぐしていますが、アフリカ人の場合などは骨盤が傾いていて、脚を強く後ろに強く蹴りだすことができる。」

黒人選手の体型は、骨盤が前傾していますが、日本人の場合はそれほど傾斜していません。それにともなって、脚の可動域もおのずと違ってきます。

 


日本人独自の動きとは何か。
高野さんは日本の伝統的な動きから、重心のかけ方などを研究しました。

 


「しみついた動きってあると思うんですよ、民族的に。」

日本の動きの中には、同じ側の手足が同時に出る動作が少なくありません 。

 


昔の絵巻物などを見てみると、右手と右足を一緒に出して歩いている絵が多く見られます。
こうした右手と右足が一緒に出る動きをナンバと呼んでいます。

昔の人びとは、このナンバで歩いたり、走ったりしていたのではないかといわれています。
相撲のなかにもナンバの動きがありました。
すり足では、重心を前に押し出しながら推進力を得ていきます。ここから高野コーチは大きなヒントを得るのです。

 


「軸が今までは一本で回していく、
ねじっていくというイメージがあったのを、全くフラットにして、面で押していくというか、あえて軸を意識するのなら、二つの柱を持って前に押していくような。」

4年前のシドニーオリンピックでは
末続選手は、腕を大きく振って、一本の軸を中心に体を左右にねじって走っていました。
それが、去年から、上体に二本の柱を立で面で押していく、ナンバからヒントを得た走法に切り替えていったのです。

 


2003年の水戸国際
このときのタイムが自己ベストの10秒03
トップスピードは時速41.5キロをマークしていました。

末続選手の走法の変化を強豪選手たちも興味をもって見ていました。
シドニー五輪のモーリス・グリーンはこう話してくれました。
「走法が変わって彼はよくなりましたね。選手はそれぞれ違っているのですから、少しでも速く走るために、自分が信じる走法を追求をするべきです。」

末続:「身体能力の差って言うのは最初からあるみたいなんですけれど、僕らは練習量と技術を突き詰めるというものがあると思うんです。日本人って言うのは。そこには自信があるんです。そこは絶対負けないだろうし。」

 


冬場のトレーニングでは、技術を習得するための体作りが行われました。
坂道を使って、動きの中で筋力を鍛え、多い時は一日7時間にも及ぶハードなメニューをこなしました。

 


筋力のパワーだけで走るのではなく、これからは技術で走る時代だという確固たる信念が感じられるトレーニングです。

 


更に、今シーズは新しいテーマが設定されました。

高野:「今年のテーマは自分の筋力だけで走るのではなく、他のエネルギーを利用しながら前に進む技を身に付ける。」

 


末続:「スタートじゃほとんどエネルギーを使わないッて言うテーマでやっているんです。前に倒れようとすると、自然に前に行くわけじゃないですか。」

体重を前にかけて、新しいスタートを本格的に練習し始めます。

 


前につんのめりそうになるのを、いかにキープするか、なかなか一筋縄では行きません。

高野コーチ:「あれじゃあつながりが難しくなっちゃう。もっと踏まないと。」

 


人間が全力で走って加速ができるのは7、80mといわれています。末続選手のスピード曲線を見てみると、ピークの速さに達したあとは減速していくのです。
スタートでエネルギーを温存しておけば、減速するポイントをうしろに伸ばせると考えた末の技術でした。

 
スピード曲線


5月8日大阪で行われた、グランプリ陸上で、このエネルギーを使わない新しいスタートを試すことになりました。

 
大阪グランプリ


まずは400mリレー 3コースの第二走者として走ります。
朝原選手からのバトンをうけ、体を大きく前傾させて、スタート。
今シーズン最初の全力疾走です。
直後、末続選手は左腿の後ろを抑え、このあとに出場する予定だった100mをキャンセル。会場に緊張が走りました。
新しいスタートが予想外の結果を生んだのです。

 


末続:「今回初めて試合としてのスピードを出したという感じだったので、正直ビックリしているんでしょうね。体が。」
記者「新しいスタートなんですけれど」
末続:「おそらく出来たからああいう事になったんでしょうね。とりあえず僕の知らないスピードだったというか。」

トップアスリートにとって成長と故障は紙一重。
太腿の違和感や持病の左ひざ痛を治療しながらの練習が続きます。
「あ、響いた」

 
鍼治療


未知のスピードを生み出す新しいスタートをスターティングブロックを使って初めて試したのは、6月に鳥取で行われた日本選手権でした。

13ヶ月ぶりに走る100m
予選では、スタート直後、前傾姿勢を長く保てないまま、中間疾走に入ってしまいました。
記録は10秒13

 


夕方の決勝の時間まで、念入りに省エネスタートのチェックを行います。

最後に高野コーチが見せたのが、末続の100mのスピード曲線でした。
失速するポイントを少しでも遅らせることがテーマです。

 


頭を上げたのが22メートルあたり。
タイムは 10秒10

<写真42,43,44,45:100m決勝>
100m決勝


末続:「60ぐらいまではかなりうまくいったほうだと思います。滑らかだったと自分でも」
高野:「これからが楽しみになるような走りという意味では今日のレースは完璧でした。」

この新しい技術をもって、6月下旬、初めてのヨーロッパ遠征にでかけたのです。

6月27日、英国のノリッチユニオンスーパーGP (英国)
去年の世界陸上金メダリストのキムコリンズなど、そうそうたるメンバーがそろいました。

スタートはまずまずだったものの、残り30mで失速し、4位。

 
10秒37 4位


「緒戦としてはちょっと力んだかなという感じですかね」

6月29日
その二日後にクロアチアで行われたザグレブ国際陸上では、更に存在感を示します。

なんと、70mまでは自慢のスタートがきいてトップにつけ、2着でゴール。

2位 10秒29

「もう価値観が180度換わりましたんで、僕はなぜ陸上を始めたかを、ここでオリンピック前に思い出せたというのが大きいすよね。もうワクワクする感じがたまんなくて、強い選手と競り合って勝ったり負けたりするのが楽しくて、」

 


オリンピックまであと僅か。
末続選手は、何を思うのでしょうか。
「もうちょっと野生に戻りたいなと。技術的なことは先生におまかせして、僕も努力しますから、それなりにね、レース場にたったら、一匹みたいな、一人じゃなくてね、みたいな感じになれるといいかなと思います。」


カメラ:藤田定則、
音声:矢島嵩貴、
編集:松本良雄、
選曲:伊藤大輔、
MA:濱田豊、
ディレクター:宮嶋泰子



スエツグ選手の取材を通じて、スポーツの面白さの真髄を見せてもらったような気がします。
体型、筋肉、精神力、運動神経、技術など、すべてが違うのが人間です。もてるものをどう生かしていくか、高野コーチとスエツグ選手は日本人が持っている過去の動きのDNAに着目しました。
オリンピックはいろんな国、民族の人たちが集まって、自分たちがそれまでに培ってきた体力、技術、精神力のすべてを吐き出す大会です。
筋力はそれほどないけれど、すばしっこい日本人、誰よりも練習をする日本人、技術をとことん追求する日本人。
スエツグはどこまでやれるのでしょうか。

1932年のロサンゼルス五輪で吉岡隆徳さんが6位入賞して以来の日本人100mファイなりスト誕生なるか。
今からどきどきします。

8月23日、午前5時10分から100mの決勝が行われます。
 
宮嶋泰子

   
 
    
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