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7月2日 Player & Coach 杉山愛27歳の場合

 
全仏オープンのあと、選手たちはイギリスに渡ります。
ロンドンから南に車を走らせたところにある海岸沿いの町、イーストボーン。
ホテルを出ると、ひんやりするドーバー海峡の風が肌を肌をなでていきます。

「寒い」
「気持ちいいわよ。あなた、それは寒いわよ。上着を着なきゃ」
「ホテルの中が暑かったんだもの。」

一年間のツアーの中で、芝のコートで試合が行われるのはこの英国イーストボーンとウインブルドンの二つの大会だけです。

「スギヤマ!」コールされて闘牛士のように満員の客で埋まるセンターコートに入っていく愛選手。

ウインブルドンを翌週に控えたこの大会、シングルス一回戦は、無名の選手にてこずります。
<一回戦 杉山 対 キョタボン>

フランスのクレーコートからイギリスの芝のコートに変わると、ボールがバウンドするスピードがいきなり速くなるので、愛さんの動きが、それに対応できていないのです。
<6−2,6−2>

コートサイドで見ていた母が「だめだわ」と首をひねれば、コートでは愛さんも「どうしたんだろう」とうつむきます。

<二回戦 杉山 対 ドゥシー>
続く二回戦ではランキング23位、フランスのドゥシー選手と対戦。速いボールを振り遅れ、いいところがないまま、まさかの二回戦敗退となってしまいます。
<1−6,5−7>

「私はクレーのときと違って打点的にも前で打って欲しいんですね。でも彼女はそれを納得していないので、その辺の話し合いをしなくちゃいけないと思っているんです。」

選手控え室でミーティングが長々とおこなわれました。

「結局プレイをするのは私なので、自分が納得しないといけないと言う頭が硬かったかなという部分もあって。」

二人の話し合いは夜まで続きました。

「今日やってみてぜんぜんだめだったから。痛いし、あわないなと。」

翌日練習コートに二人の姿がありました。

「ひじからじゃなくて、もうちょっとラケットを前に出せない?」
「やっているの・・・」
「そうじゃなくて・・・ラケットヘッドから引いてきたら?」
「やってもだめなの。そうするとこうなっちゃうの」
「いいから、一度やってみて。」

しぶしぶコートに戻る愛さん。
それをじっと見つめる母芙沙子さん。

「今はどうしたの?」
「ひじから」
「じゃあひじからのほうがいいってことね」

喧喧諤諤、やりあいながらも解決方法を探っていく二人。
その真剣さの中に、とても入り込む余地はありません。

練習を切り上げる二人に思い切って聞いてみました。
「芝の感じはつかめてきましたか?」
「大分よくなってきたと思います。昨日の反省点を生かして」と、愛さん。
お母さんはほっとした表情です。
「ウインブルドンにちゃんと間に合いそうになってきました。よかったです。」

何でも言い合える選手とコーチ。
それは娘と母だからできるのでしょうか。
こうやって新しいものを探りながら、二人は一つ一つの階段を登ってきたのです。

ポツリとつぶやく愛さん。
「やっぱり優勝しない限り、必ず負けで終わるわけじゃないですか、大会って言うのは。
同じミステイクをしないように、次にどう生かしていけるかって言う風に考えられるようになってきたのかなと思いますね。」

芙沙子さんがコーチになってから愛さんのテニスに対する考え方も変わってきました。

プレイには人柄がにじみ出ると言います。
ダブルスでは、例えミスをしたときでも笑顔を絶やさず、パートナーを励ます愛さん。

テニスが強いだけでなく、魅力的な女性になって欲しい、そんな母親としての願いも
しっかり愛さんにとどいているようです。

「もちろん喧嘩もしますし、部屋もシェアーしたりすると、母とコーチ両方の面があって、
もうちょっといいかげんにしてよって思うときも実際ありますけれど、それよりも、私自身この人じゃなきゃだめだというのがあるから、何が何でも一緒に回って欲しい、回りたいって思いますね。」

<取材後記>
あるときは母と娘
あるときはコーチと選手
あるときは友達
「もし愛が自分の娘でなくても、一緒にお茶を飲みたいなと思うような魅力的な女性になってくれることが、私の理想です」とお母さんが語れば、愛さんも「もし母ではなくても、彼女に教えてもらいたいなと思えるようなコーチです」と答えます。
なんだかちょっぴりうらやましくなる二人でした。

今回の杉山愛選手の取材で一番印象に残ったのは、ダブルスでの笑顔でした。
愛さんは、ダブルスを組むときに、ランキング上位の強い選手と、仲のいい好きな選手がいたら、仲のいい好きな選手とペアを組むそうです。勝つことを意識するよりも、より楽しい時間を過ごしたいからと答えてくれました。いつもシングルスで精神的にも追い込む試合をしているので、ダブルスはパートナーと一緒に楽しい時間をシェアしたいと思っているそうです。そんな心の余裕が実はダブルスでの強さの秘訣なのかもしれません。
愛さんのダブルスを見ながら、人間が励ましあって何倍もの力を出すことができる瞬間とはこういう事をいうんだろうなと、思わずうなずいてしまいました。

   
 
    
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