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7月29日 日本VSロシア バルセロナへの道

 
日本とロシアのデュエットの大会に挑むまでの姿を取材しました。
ニュースステーションで7月7日に放送したものですが、その概要をお伝えしましょう。

芸術性を高めるために、フランス人振り付け師の力を借りて、
過去の日本と全く違うデュエット作品にトライした立花美哉と武田美保。

一方のロシアではシドニーオリンピックの金メダリストが急きょカムバック。
ようやく育ってきた若い二人は動揺を隠せません。
ロシア代表の座は果たしてベテラン金メダリストか若手の二人か。激しいバトルが展開されました。

日本VSロシア バルセロナへの道

審判たちはこの台に上からロシアと日本にどんな得点をつけるのでしょうか。それにしてもここに至るまで、ロシアにも日本にもたくさんのドラマがありました。

これまでの日本のイメージとは全く違うものを。
フランス人振り付け師ステファン・メルモン氏のアイディアで今回、立花武田の二人が挑んだのは、トッカータとフーガの曲に乗って、風に舞う木の葉とバイオリンをイメージした、柔らかな流れるような動きでした。
これまでの日本のかちかちとした硬いイメージを180度覆す動きです。

2月に最初の振り付けをしてから3ヶ月後、ステファン・メルモン氏が再び
日本にやってきました。
今回、難しさに直面していた井村コーチにとっては救いの神再来です。
「これが一番どきどきするな」

早速、練習のビデオをチェックします。

渋い表情のステファン

「止まっているように見えます。風のように見えない。風は止まることがありません。」

演技が止まらないことが、今回の振り付けでは最優先されます。
これまでのシンクロには一定のリズムに合わせて、動いては止まることを繰り返して、お互いの動きをあわせていました。

「これはシンクロナイズドスイミングの新しいスタイルです。」

今回は止まらずに二人の動きを合わせる、ある意味究極の難易度への挑戦です。

ステファンのなかにはある一つのイメージがありました。筋肉を極限まで使いながら表現をしていくダンスの動きをシンクロナイズドスイミングに持ち込もうというものでした。
パソコンに入っているDVDアメリカンダンスシアターの動きを見ながら、その伸びやかな動きをシンクロに応用したいと考えるステファン。

「ストレッチモア」「もっとストレッチして!」
立花と武田の練習中最も多く聞かれた言葉です。

ダンスのような伸びやかなモーションをするために、ステファンが強調したのは、筋肉を伸ばすこと、ストレッチをした動きでした。

シンクロのトレーナーを担当されている白木仁さんにうかがってみました。
「今までのものと筋肉の使い方が違うと聞いたんですが・・」
「これは全く違うことをしていると思います。今までは止めなさい、合わせなさいと言う時に腕の内側の筋肉を使っていたのですが、そうではなく、今回は腕の後ろ側を伸ばして合わせると言うことですから、意識は全く逆にならなきゃならないんです。」

筋肉の使い方まで全く異なる演技。
シンクロの常識を破る動きへの挑戦。お互いにアイディアを出し合い、新しいものを作り上げようと懸命でした。

* * * * *

一方のロシアは若手かベテランか悩んだ挙句、その判断を国際審判員の手にゆだねることにしたのです。

西洋と東洋が交わるところ、ボスポラス海峡を望むトルコのイスタンブールで開かれたヨーロッパカップ。
注目はロシアの二組のデュエットに集まっていました。

二年のブランクを経て復帰してきたシドニーオリンピックの金メダリストと、成長著しい
20歳のふたり。どちらかこの大会で優勝したほうがロシアの代表として世界水泳に出場することになったのです。

このヨーロッパカップではフリールーティーンの予選の得点とテクニカルルーティーンの得点の合計で決勝フリールーティーンに進める上位12組が選ばれます。

予選の得点は、決勝には直接関係がありませんが、それぞれの力量が測られ意味では重要です。

先に登場したのが、あのシドニーの金メダルから3年、ブルスニキナとキセロワです。
下馬評ではこの金メダリスト有利といわれ、ロシアの関係者もそう信じているようでした。

余分な贅肉のない細い体の二人。 
演技はおどろおどろしいシャーマンをテーマにしています。
繊細で、難しい動き、あわせにくい脚の角度に挑み、ベテランの味を見せます。
28歳と25歳渾身の演技でした。

続いて20歳のエルマコワとダビドワの二人が登場します。
金メダリストが引退してからこの2年間ロシア代表をになってきたものの、ベテラン二人の復活によってその地位は危うくなってきました。

演技はこれまでと同じ路線。
最初から最後までこれでもかというほど脚技を重ねていきます。
去年チューリッヒのワールドカップで世界一の座についたそのパワーは健在です。
二人を育ててきたダンチェンココーチもこれまで以上に緊張した面持ちです。

じっと演技を見つめる外国のコーチたち。このロシア同士の戦いはこのヨーロッパカップ最大の注目の的なのです。

演技終了直後「どっちが好きですか」と聞いてみると、「こっちね」と言う答えの何と多いことか。
「私は断然こっちが好き。エネルギーがずっと感じられるわ」
「芸術面ではもう一つの組のほうがあるけれど、技術的にはこちらのほうが上ね。」

審判たちの判断やいかに。
得点が出ました。
なんと20歳の二人が金メダリストを上回ったのです。
この結果にはロシアの関係者も意外だったようで驚きの表情を隠せません。

競技前はなにやら元気がなかったダンチェンココーチは、帰り際に「明日私たちが勝つことを願ってます。」と、頬を上気させて語ってくれました。

決戦を前にホテルで演技をあわせる20歳のエルマコワとダビドワ
「ぜんぜんびびってなんかいない。あとは審判の判断を待つだけね。」
「気分は落ち着いているわ。これで運命が決まるのは事実ね。」

翌5月30日
テクニカルルーティーンが行われました。
テクニカルルーティーンは決められた技術を織り込みながら演技をするものです。
ここでは、ベテランが正確な技術力を見せて、テクニカルルーティーンのみの得点では20歳の二人を上回ります。
しかし、フリールーティーンの予選との得点合計では依然20歳のエルマコワ・ダビドワがリードしていたのです。

そしてその夕方、運命の時を迎えます。
決勝は持ち点なしのフリールーティーン一発勝負。

激戦を予告するかのように、上空を雲が覆い、嵐のような激しい風が吹き始めます。
気温18度。プールの水面は波立ち、競技コンディションとしては最悪です。
先に演技をするのは若手の二人です。

力強い演技で、波立つ水面をラッセルしていくように進んでいきます。
パワーとスピード、これでもかと続く脚技、白い水しぶきが飛び散ります。

予選では出なかった高い得点が並びました。
技術点で10点が二つ
芸術点で10点が三つ
ロシアの若手の演技をじっと見ていたベテラン二人。
続いて登場したのが、ブルスニキナとキセロワです。

シャーマンのおどろおどろしい叫びが風にかき消され、波の中で洗練された動きが思ったほどはえません。
細い脚も波立つ水面の上では頼りなげに見えるばかり。

得点は若い二人には及ばず、この瞬間、20歳のエルマコワとダビドワのロシア代表が決定したのです。
大方の予想を覆しての結果でした。

テレビキャスターの座をなげうって復帰したキセロワ、コーチから復帰したブルスニキナ。
この10ヶ月間、再びアテネオリンピックに出場することを夢見て、世界水泳で復帰するプランのもとに、猛練習を繰り返してきた二人の夢は風と波のまにまについえたのです。

ダンチェンココーチと抱き合って喜ぶエルマコワとダビドワ。
同じ廊下の隅では、ポリャンスカヤコーチに慰められながら涙するキセロワとブルスニキナの姿がありました。

その様子をモニターでじっと見る井村コーチと立花、武田両選手。

「負けた理由わかるね。たぶんインドアだったら、こっち勝ってますね。」
「やっぱりパワーがぜんぜん違う。」
「こんな水面荒れているときはぶつかりに行ったほうが勝つね。波にね。」
「できる部分では勝たないとだめだとおもいます。」

代表に決まったロシアの若者の演技をじっと見つめる井村コーチ。
ロシアのパワーと日本の柔らかな動きの対決。
井村コーチには秘策がありました。
まず、初日に行われるテクニカルルーティーン「sakura2003」で日本の力強さや荒々しさを出し、パワフルさは日本にも十分に備わっていることをみせ、さらにフリールーティーンではこんなこともできるんだと、全く違う日本を披露しようというものでした。

テレビ朝日シンクロ解説者 田中ウルヴェ京さんにうかがってみました。
「日本とロシア、その勝負の行方はどこがポイントになるでしょう。」
「勝負は10点と9.9の争いになると思います。0.1はどこがポイントになるかと言うことです。日本がフリールーティーンで、シンクロで考えられる魅力全て、緩急があって速さがあって、静かがあって、全てが凝縮されているものが見せられれば、ロシアのデュエットが単純に見える。そうなれば日本に勝機はあるでしょうね。」

ステファンは最後にこんなメッセージを立花、武田の二人に送りました。
「この演技の真髄は日本のデュエットが絶対誰にも出来ないようなことをやって皆を驚かせることにあります。観客も選手もジャッジもあなたたちの演技を見て、シンクロってこんなこともできるんだということを見せて下さい。世界水泳ではあなたたちの最高のものをするだけ。」

話を聞く選手たちの目には光るものがありました。大粒の涙をこぼす立花選手。
バルセロナでの自分たちの姿が脳裏に浮かんできたのでしょうか。

「人の心を動かすと言うのがちょっとづつわかってきたような気がします。」立花選手が言えば、武田選手は「審判員の人とかも泣かせたいですね。」と、思いをバルセロナにはせていました。

カメラ:佐藤俊輔、音声:国吉淳雄、編集:松本良雄、選曲:伊藤大輔、MA:濱田豊、
ディレクター:宮嶋泰子

 

★編集後記★

採点競技は、審判の判断によって勝敗が決まるものです。
それがどのように審判に受け入れられるのか、予想をしながら演技を作り上げていくわけですが、常にそれが予想通りにいくとは限りません。
また、採点競技は選手の名前や国名によって順位が決まっているとも言われ、競技性に疑問が投げかけられることも否定できません。

今回ロシアを見ながら、ロシア主流派に属し、全面的なバックアップを受けながらも、国際審判員たちに受け入れられなかったシドニーの金メダリストたちの落胆振りに、競技の厳しさを改めて知らされた思いがします。
また、演技構成だけではなく、外のプールであることや、気象条件によっても演技の見え方が変わってくることを改めて知らされました。

シンクロの奥深さをシンクロ取材暦25年で改めて知った次第です。ハイ!
それにしても日本が挑戦している、止まらずに二人を合わせる究極の難易度について、国際審判員たちは本当にその難しさを理解してくれるだろうかといささか不安ではあります。
審判もその力量をこうした競技会で試されているともいえるのでしょう。

すべてはバルセロナで答えが出るはずです。

   
 
    
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