

2009年6月29日
6月8日、アメリカ「バン・クライバーン国際コンクール」で日本人として初めて優勝を果たしたピアニスト・辻井伸行さん。コンクールの優勝は、プロのピアニストとして辻井さんをひとまわり大きくさせた。
一躍“時の人”となった辻井さん。彼を取り巻く世界は一変した。「コンクールに優勝してうれしい反面、ちょっと大変なことになってきた」と話す。コンクール優勝後、喜びの帰国を果たした辻井さんを、成田空港で待ち構えていたのは、多くの報道陣とカメラのフラッシュ。発売中の2枚のCDは、オリコン週間ランキングで2位と3位に急上昇、クラシックとしては歴代最高を記録した。“辻井ブーム”が巻き起こった。
そして、帰国後、いつも一緒だった母・いつ子さんは、公演に同行しなくなった。プロのピアニストとして独り立ちが始まった。そんな辻井さんのところには、国内外からコンサートの依頼が殺到。予定されていた名古屋の公演は、凱旋コンサートとなり、優勝の翌日、チケットは完売した。
1998年にデビューした辻井さん。当時10歳だった彼は、「ピアニストになりたい。コンサートをいっぱい開きたい」と語っていた。10年後、その夢が現実になった。バン・クライバーン優勝が、辻井さんの世界への道を開いてくれた。3年間、世界中で演奏することが約束された。その第一弾が、ベートーベンやバッハを生んだクラシックの本場ドイツ。ドイツ西部、ルール地方にあるドルトムント市で、毎年1カ月間にわたって開かれる「ルール・ピアノ・フェスティバル」は、世界の第一線で活躍するピアニストやコンクールで優勝した若手が一堂に会するアーティスト憧れのフェスティバルだ。辻井さんはこの歴史ある大舞台に立つことになった。
辻井さんは、バン・クライバーンで課題曲となったマストの「インプロヴィゼーションとフーガ」をドイツで演奏することを決めた。この曲は、メロディーやハーモニーがはっきりしているクラシックとは違い、即興演奏的な現代曲だ。楽譜が存在しない辻井さんにとって、曲をマスターする手段は耳だけ。辻井さんは、短い曲なら2日、30分を超える曲でも約2週間で覚えてしまう人並みはずれた記憶力を持っている。しかし、今まで耳にしたことのないこの現代曲の難解な旋律は、何度聴いても頭に入らなかったという。それでも、1カ月で完璧にマスター。