|4月のテーマ|Q1|Q2| Q1:あなたは「有事法制」が必要だと思いますか?
| |||||||
今国会審議される法案については、NO。有事という定義、自衛隊の位置付け、安保論、これらがすべてあいまいであり、日米両国の認識にも明らかにギャップを感じるから。また、この法案が成立するなら憲法改正を論ずる前に憲法の意義自体が薄くなってしまうから。しかし有事法制は、現状からして必要だと思う、明確な定義づけと枠組みを作ることで「日本はここからを有事と考え、ここまでの事ならします。」と宣言したほうがいい。 | |||||||
国民の生命と財産を守るのは国家としての最低の条件であり民主的な国家とは平常時に非常時を想定して法整備をしておく事はあたりまえであるため | |||||||
未来永劫に絶対に外国から攻めてこないことを証明できない限り、万が一に備えてこういう法律を整備するのは必要なことではないでしょうか。むしろ今までなかったことが不思議な感じがします。もっと早く立法化されるべきだったのではないかと思います。 | |||||||
まず、壱つに、今、有事がおこれば非常事体に自衛隊は、県を越えるのにもその県知事の許可が必要でスム-ズな作戦がとれません。これを見なおすうえでも必要な法案だと思います。 | |||||||
有事の際には権利を主張するのではなく国民が一体となって(挙国一致体制)で臨むべきである。そのための法案なので大賛成なのだが、今回の法案には不満な点もある。 不審船、テロへの対応、災害時の救助、国民の生命と財産保護などが抜けている点である。これらを抜きにして有事を語るのはいけない。また、アメリカの国益のために動かないことを明記すべきである。日本の国益のために有事法は発動されるのが当たり前だ。しかし、同盟国なので多少の助けは必要だろう。集団自衛権を認めていない。これは認めるべきだ。色々と踏み込めていない点も多いらしいので、修正して再提出するべきと考える。 | |||||||
今回の有事法制が想定している危機は当面ないとは思うが、法治国家として万が一自国が侵略された場合を想定した法律は当然必要。しかしながらこの法案の内容は1951年のサンフランシスコ講和会議で日本の独立が承認された時期か、あるいは1956年日ソ共同宣言により日本が国際連合に加盟した時期に制定せされるべきだったと思う。つまり遅すぎたのであって仮に冷戦時代に侵略行為があった場合、政府はどのように対応するつもりだったのか疑問が残る。多分「公共の福祉」の概念を利用しようとしていたのではないか。とはいっても冷戦時代に「ある種負の遺産を持つ日本」がこの種の論議さえできなかったのは事実であり、ようやく今日になって国会の場で論議できるようになったのだから「有事法制」は必要。 | |||||||
有事の為だけの法案作りには反対。しかし阪神淡路大震災時の自衛隊の不手際を反省した上で、自衛隊の運用等改善は必要だと思う。 | |||||||
今まで無かったことの方が異常。火の用心だけでは火災は防げない。火災が起きた時は消防車が必要なのと同じ。戦争は外交交渉だけでは防げない。万一の時には軍が必要だし、合法的に戦える法整備をするのはあたり前。 | |||||||
もう、必要か、必要でないかなんて悠長なことを言っている場合ではない。 当然必要であり、今はこの法律をどのように運営していくかということをしっかりと決めなくてはいけないと思う。 なにかあると、馬鹿の一つ覚えのように「人権」・「平和」・「反戦」を叫ぶ政治家や政党には飽き飽きだ。 現実を見ろといいたくなる。 | |||||||
有事法制自体、憲法違反だからです。 自衛隊が参戦することで9条違反になります。また、国民が戦争に協力することになり、基本的人権を侵害したり、制限したりする可能性が大きいと思います。それから、内閣の権限が強化されることによって、三権分立制が崩されて、地方自治が成り立たなくなってしまいます。 日本が参戦することは他人が殺されたり、傷つけたりすることにつながりますので、私はいやです。国会で有事法制を通すことは止めてほしいです。 沖縄戦で亡くなった人たちのためにも。 | |||||||
この法律について、”有事”の際、自衛隊や米軍に個人の土地や建物の使用権を渡さなければならないとか、医者や看護婦が動員される、拒否すると罰せられるようになるという話を読み、不審に思い、いろいろ調べるようになりました。法案の文章などを読むうちに、この法案は通してはいけない。戦争の準備のためのものだと思うようになりました。有事法制は、戦争に向かっていた頃の、日本で発布された国家総動員法にとてもよく似ているような気がします。この法律ができると戦争に日本が加わる事ができてしまう。日本は、戦争をすることをもう放棄した筈です。戦争は、何事も解決しません。現在のアフガニスタンの問題をみていてもそれがよくわかります。戦争への道を作ってはいけない。だから、必要ではない、という以上に、このような法律が出来ることは、許されてはいけない。 | |||||||
「いざ」の時の為の万全の備えを有することが、最大の変事抑止の「武器」になるし、内向きの啓蒙になると考える。ややこしい勢力が近隣(アメリカも含め)にいる時節、侮れぬ「パワー」を持つことは、自宅の玄関の戸締りに似たり。 | |||||||
必要ではあるが、このたびの有事法制に関しては、その有効性は期待できない。あまりにも内容が不明瞭であるため、国民が何を覚悟するべきか判断できない。 | |||||||
今回、国会に提出された有事法制案については反対です。なぜなら、これは、はっきり言って、アメリカを立てるためのものだからです。とても、日本国民の事を第一に考えた法案には思えません。まるで、本土決戦を頭に描いて作ったようなもので、今の時代にはまるでそぐわないものです。今、必要なのは、大災害や、テロや、北朝鮮に対する対処の仕方です。自民党として、昔から念願の法案だから、当初の計画通りに、順序立てたのですか?これほどまでに、国民感情とかけ離れているとは、全く信じられません。憤りを感じます。 | |||||||
筋の通った一貫性のある観念の基、誰もが疑いの無い解釈が行えるような法整備が必要。 | |||||||
有事法制は、無いよりもあったほうが良い、とは思いますが、有事法制ができたからといって、日本への軍事危機が消え去るわけではありません。有事法制があったとしても、日本の安全が根本から確立されるわけではないのです。日本の安全を守るには、人類の心を平和にするしか、ありません。 | |||||||
独立国家として又国際的な日本の立場あり方として、本有事法制は必要と思います。ただし。それは今日までのことであり、本日ニュ-スステイションで城山三郎先生の番組を拝見してからは、現国家内閣による巧みな文官統制による警察国家が出現するのではないかと危惧するようになりここに急ぎメールを送りました。文官と言う羊の面の下に警察統制による統制国家が今始まろうとしているのではないでしょうか。現にメディア規制法案がさもそれらしく羊の仮面をかぶって出てきたではありませんか。過去では軍部と言うある1部のために日本を破壊され。今又!!文官による警察国家のために過去よりもひどい日本が出現!!!考えただけでも恐ろしい戦後50ゆう余年初めて味わう恐怖です。どうか急ぎ朝までテレビでも緊急番組として取り上げてくださいお願いします。もう統制国家はいやです | |||||||
「備えあれば憂いなし」、この言葉のどこに間違いがあるのか反対する人たちの考えが理解できない。自由が制限される、という意見もあるようだが戦争に巻き込まれている状態の中で、自由が満喫できる筈もないだろうに。またそういう人たちは鍵さえ掛けなければ泥棒がやってこないとでも思っているのだろうか? | |||||||
欠陥もあるとは思いますが、見切り発車してもよいと思います。不都合があれば、その都度見直せばよい。 | |||||||
いくら、日本が平和を願っても有事から逃れられるわけではない。地震や火事が注意していれば起きなくなる訳ではないように。事件や火事に対する法律や、それに基づく組織があるように、有事に対する組織があるのなら、それに対する法律をきちんと作るべきだ。有事法制を、日本の軍国化への第一歩と主張する人達がいるが、有事に対する法整備がなされていないと、有事の際には超法規的措置による行動をしなければならなくなる可能性が高まり、逆に、シビリアンコントロールから外れる危険が極めて高くなる可能性がある、ということが理解できているのだろうか。また、有事とはそもそも戦闘状態だけを指すのではなく、大震災など大規模な不測の事態を指すものと理解している。国民の安全を迅速に守ることが優先されるべき時に、もし消防や警察が、信号無視が許されないような状況にあったとしたら、本末転倒と言うべきであろう。 | |||||||
中国、北朝鮮など、実質的には軍事脅威があります。なのに、左翼の人は中国がなんで攻めてくるのか?とか、仮想敵国はどこか?とか言っている。中国は将来、軍事的プレゼンスを発揮すると、はっきり宣言しています。北朝鮮の不審船など、テロに対していざと言う時断固たる態度も、このままでは取れません。このような理由から、法整備は明らかに必要であると考えます。むしろ、今まで無かったのがおかしいのです。日本の左翼の人たちの言っている、自衛隊廃止や、非武装中立なんて、欧米でこんなこと言ってたら、間違い無く、キチガイ扱いですよ。 | |||||||
「有事」とごまかさず、「戦争」とはっきり言うべき。小泉総理は「備えあれば憂いなし」などのキャッチコピーではなく、日本の指針を明確に表明し、そのうえで国民の信を問え。靖国参拝、メディア規制の言論統制法、社民党つぶし、、、小泉内閣の本性が現れてきた。 | |||||||
理想論といわれるかもしれないが、戦争を放棄している国がどうして有事のことを考える必要があるのか?有事が起きないように外交努力をするのが本筋ではないかと思う。しかし、日本の過去の戦争をすべて肯定している唯一の神社の靖国神社を訪問するような総理に平和的な外交努力をしろというのが無理な話かもしれないが。 | |||||||
超法規的措置はよくないと思う。公務員の業務は何事にも法的根拠が求められるので。 | |||||||
有事においての行動の基本原則がなくては非常時に自衛隊や住民の円滑な任務遂行と避難誘導が困難なものとなる。権利剥奪や侵略戦争への道と言う人もいるようだが、日本自衛隊には他国を侵略できるような装備も十分な戦力も無い。わずか24万の兵力で百万単位の兵力を有する周辺のどの国と戦争をしようというのだ。たとえ小規模な攻撃でもそれに対応する部隊の装備・指揮が整っているといないでは自衛官・民間人の犠牲者の数も大きく変わってくるハズだ。与野党の両方が知恵を出し合いより良い法律にして欲しい。 | |||||||
ごまかさずに、憲法改正を話し合ってほしい | |||||||
有事法制があることにより,戦争という選択肢ができてしまう気がする。 | |||||||
何か物事が発生してからバタバタと超法規的な対応をするのではなく、平時にこそ何をどうするのかを決めておくことが国家として当然の構えと考えるから。 | |||||||
アメリカのテロ事件以来、日本も有事に巻き込まれることがあり得ると思い始めました。特に北朝鮮という厄介な近隣国があります。備えは必要です。願わくば、決して使うことがありませんようにですが。 | |||||||
理屈で言えば「必要」に決まっているが、今の国に「私権を制限する」立法を行えるほどの信頼感を置いていない。よって反対。政府が立法化したいのであれば、それだけの信を得る必要がある。個人情報保護法案も同様の理由で反対。 | |||||||
常に最悪の事態を想定して(戦争も含めて)おくのは危機管理の原則。今まで無かったのがおかしい。戦争は外交の一手段でそれをタブー視する姿勢もおかしい。まるで鍵をかけないで生活しているようなものだ。 | |||||||
今まで有事法制なんて無くても大丈夫だった。紛争にならないような政治をすれば、これからも有事法制なんて無くても大丈夫。有事法制なんかがあると、戦争してもいいような気になってしまうかもしれない。戦争をしないためには、有事法制なんて無いほうがよい。 | |||||||
国家の緊急事態にあって、法的備えが無いことは超法規的対応を認めることと同義であり、法治国家としては恥ずべきこと。 | |||||||
日本を含めた世界中で現在、本当に「平和」と呼べる場所は皆無であると思う。民主主義国家と名乗る国に住んでいる以上、我々には平和に暮らす権利と家族や身の回りの社会を守る義務がある。その権利をまもり義務を果たす上ではいつ起こるともしれない「有事」(=内戦を含む戦争状態)にそなえてまず法律面からの整備は絶対に必要だ。ただし内容については厳密な吟味を要することは言うまでもない。 | |||||||
負けた時には戦争放棄を憲法で唱えて許しを乞い、しかも大2次世界大戦の戦争責任や謝罪、侵略の真相教育も蓋をしたままで軍備をもつ資格はない。恥を知るべし。この法案がまかり通るなら勝手な日本人の血が流れている事を恥ずるべきである!私は日本国籍を放棄したい。 | |||||||
防衛は国家の基本原理であり、議論の余地はない。但し、憲法改正の方を優先させるべきである。悪法と言えども法は法である。今の憲法上、有事法は違憲である。 | |||||||
実質的に、アメリカの戦争に日本の国民を動員することが目的の法律であり、真の日本の安全のための法律ではないから。 | |||||||
ただし現在国会に提出されているものは必要でないと思います。 私が必要だと思うのは、主に災害などが起こったときに、自衛隊を円滑に動かすことのできるものです。 現在の法律では、私の知る限りでは自衛隊は演習をするためと、他国へ出かけていく役にしか立っていないと思いますので。 | |||||||
有事法制がなければ、自衛隊があっても意味が無い。例えば、有事の際に戦車が道路を通行する際に道路交通法が適用され、いざ役に立たなければあるだけ無駄になってしまう。そういった事に踏み込んだ意味のある有事法制なら是非必要でしょう。それでなかったらあっても意味が無い。 | |||||||
苦い歴史を繰り返すきっかけになる。アメリカに追従する思想をもってはいけない! 世界が戦争の色に染まるのを日本は手助けする必要はない。今の日本の動きは過去に日本に攻撃された国々への信用を大いに損なう。 | |||||||
今、本当に海外からの攻撃があったとしたら、日本政府は対応できないと思われる。対応するための方正をすることは必要と考えます。ただし、今の自民党のような、なまっちょろい政府には(とてもではないですが)任せられません。ちゃんと対応できる政府が必要です。 | |||||||
日本には「軍隊」がないから。自衛隊「国民を守るということが義務」ということを再認識と責任感を強く思わせるためにも必要。 | |||||||
一体、どこの国に攻められる危険があるのか?全然、見えてこないから。危機感すら感じない。 | |||||||
国会で小泉首相が、<憲法の隙間で〜>といった発言があったが、非常に危険である。もし、有事が現実となったとき、対応すべてが超法規的処置となる。法治国家として有り得ないし、非常に危険事態である。法律は必要である。 | |||||||
アメリカは信用できないし,近くに危険な国はたくさんある。日本は日本人の手で守らないと真の独立国家ではない。また例え海外に出ても,日本の手で守ってもらいたい。理想より現実を見るべきだ。 | |||||||
米軍の下働きをする法律だから。 | |||||||
世界常識の上で独立国家が自国を守る軍隊と円滑に運用するべき法整備は必要不可欠なものです。世界中の多くの国がそれを行っています。之は国民の利益を保護する為にも必要だと思います。備えあれば憂いなしを憂いありと言う風潮も有りますが、そうゆう方々の家では夜鍵をかけないのか調べて欲しいものです。 | |||||||
今の日本人は非常事態を扱う能力を持たないから、有事法制を議論しても意味が無いでしょう。有事法制とか国防に関する議論を聞いていると、平和ボケした「有事オタク」が机上の空論を振り回しあって終わっているだけに聞こえます。 | |||||||
「日本人の生命、財産、安全が侵されました。立派な憲法だけが残りました。」という議論は成り立たない。理念を持った法整備は絶対必要。理想論より現実主義に考えるべき。 | |||||||
(1)現状は、@何をしてはいけないAこれしか出来ないという様な、極めめて後ろ向きの規制と考える。(2)したがって、@これが出来る。Aここまで出来る、という様な、積極的な前向きに規制しなければ、世界情勢に機敏に対応できないと考える。もちろん、「ここまで出来る」を脱法しようとする動きは規制すべきである。(3)という訳で有事法制は必要と考えるが、妥協の産物・・すなわち、ザル法でお茶を濁すような事にしない様に、中味は真剣に討議すべきである。 | |||||||
国家が、国民の生命安全を守るのは当然のこと。今、日本はたまたま安全であるかもしれない。しかし、10年20年後はどうだろうか? 10年20年後に考えれば良いと言うのは政治の怠慢である。 | |||||||
行政サービスの一つとして戦争と言うリスクマネージメントは当然のこと。必要か不要かではなく、どんな有事法制が良いかを論じるべきである。ただし、その前に憲法九条をどう改正するかからはじめるべきである。 | |||||||
どんな法制を作ったところで実際に事が起きれば超法規でやることになるだろう。日本という国家・国民の歴史性を鑑みれば致し方ない。私個人は丸谷才一の「笹まくら」でどこまで行けるか試そうと思う。有事には個人の人権が尊重されないことくらい、日本人は先天的に理解しているのではないだろうか。 | |||||||
有事に対する備えが無い方が、世界の常識に反する。東海地方でも「東海大地震」に備えてこの頃は様々な取り組みが行われている。”いざという時に慌てない様に日頃から備えておく”という事だ。備えが無いとみすみす命を落とすはめになるかも知れない。有事法制も同じ事だ。万が一の事態を考えず、のほほんとしている場合では無い。 | |||||||
日本は戦争を放棄した国なので有事法制など必要ではない。戦争は絶対にしてはならない。その戦争の元となる法を制定するなどもってのほかである。日本は非暴力国家として世界のリーダーシップを取るべきである。アメリカの軍事力をもってしても、現実にテロから4000人あまりの人の命を助けることはできなかった。パレスチナでも武力では紛争を解決できない。湾岸戦争時に日本が非難を浴びたのは日本の姿勢があいまいだから。日本は戦争には参加しない。日本はこうこうこういう形で応援する。という姿勢がとれないから非難されるのである。 | |||||||
独立国家としては当然危機管理はするべきである。有事法制成立を即、右傾化や軍国主義復活と叫ぶ左翼は愚の骨頂である。 | |||||||
子供たちの未来を守るためにも備えは必要です。でも、子供は自衛隊に入れたくない。ちょっと利己主義な母親ですが・・・ | |||||||
周辺事態法で十分です。日本有事などということが起こる前の「平和外交推進法」でもつくったほうがよい。 | |||||||
内容はともかくとして「脅威が無いから作らなくてもいい」という話ではないだろう。法制の中で今まで空白だったこと自体が問題で、その空白は埋めるべき。今すぐ起きないから作らなくても良いじゃないか、というのは一番問題だろう。「なにも起きないから放っておこう」という主義が招いたのが以前の不審船事件の顛末ではないのか。法律があると戦争をすると言う人が居るが、むしろ逆で法律があるからこそギリギリまで安心して和平交渉をすることが可能ではないのか。 | |||||||
まず、人を殺すという行為をどこまで正当化できるのかということから、いわゆる「有事法制」の議論を進めていかなくてはならないような気がしています。 | |||||||
有事法制は、個人の家庭で言うなら、鍵や保健にあたると思います。どこの家庭でも、玄関の鍵や生命保健、火災保健は用意しているのでは?有事法制に反対の陣営の方々は、有事法制そのものに反対しているのか、有事法制に不備が有るから反対なのか判りません。反対するためには理由などどうでもいいのでしょうか? | |||||||
普通の国として当然。不備な点はただちに直すべき。化石のような護憲派・反対派の理屈には全く説得力なし。 | |||||||
今回の法案は、「政府は国民、及び在留外国人の生命と財産を保護する意思がある」という事を、具体的に表明した法案であるので賛成します。 | |||||||
根本的なことなのですが、有事法制を議論する前にまず有事の原因となる考えられる要素を排除するべきでないか。 よく耳にすることで言えば、日本とアメリカの関係だ。日本国内にアメリカの基地が展開されていることによって日本に有事が発生すると言うことになればこれを排除すべきだと思うし、自分自身、アメリカの基地が国内にあかないかでこの有事問題は大きく変わると思う。 有事問題を考える前に有事の要素になる恐れのあるものは極力排除すべきでないか。 この国もしくは世界では矛盾が多すぎます。 | |||||||
自分の安全、国の安全を真剣に考えるのには、有事法制は必要です。不備な点があっても先延ばしにすべきではないでしょう。徐々に完成度を高めていくべき。100%になるまで棚上げにするなら、永遠に棚上げになるし、個人もまたなにも考えない状態になるので。 | |||||||
いまだ日本国は米国の属国であると考えます。現在の日本国憲法は戦後米国GHQにより一方的に作られ与えられたものです、これは日本の国力を殺ぎ落とし二度と米国にはむかう事が出来ない様憲法第九条が盛り込まれました。有事法が存在しないという事はその国の国民の生命財産を有事に際して国が守る事が出来ないと言うことです。有事法制は必要です。 | |||||||
自立した国家として必要。軍事力は外交の一部に過ぎない。シビリアンコントロールの徹底した今日、なぜ必要でないのか理解できない。 | |||||||
非常に 単純な意見ですが・・・。基本的に 「 危険 」に対しての対処手段としては、賛成です。ただ、有事の ”可能性 ”のみで 施行されるのは どうでしょう。個人的な考え方ですが、「 殴られそうだから、殴られる前に 相手を殴る準備をした。」では、自分から 喧嘩の誘いに のっているようなものでは ないでしょうか? | |||||||
北朝鮮による日本人拉致事件という「有事」が既に起きている為。 | |||||||
今まで国民を拉致した北朝鮮に強くでられないのは自衛隊の使い方にあまりにも制約が多すぎるから。話し合ってもどうしようもない相手には断固たる処置をとるべき。日本の防衛の議論に外国人を入れるのは間違い。 | |||||||
ないほうがおかしい。不備を指摘するのはいいが対案を示せ!(自由党は示すらしいが)廃案にしようとしている人は有事の時にどうすればいいと思ってるのか是非聞きたい。 | |||||||
守る方法を反対しているほうが何も出さない。それじゃ国民には伝わらない反対しているほうはどういう風に国民の生命財産を守るか言わなきゃ議論と言うレベルじゃない | |||||||
日本にどこかの国が攻めてきた時との議論をしているが、海外において、日本人が危険に曝された場合、例えばペルーで日本大使館が占拠された事件があったが、それらも有事として、議論しなければ、かなり偏った議論のようです。 | |||||||
明らかに憲法違反。政府は第9条をどう思っているのか?有事法制が成立し自衛力ならぬ軍事力を増強すれば軍事力の増強合戦になるだけでやがて世界大戦を引き起こすかもしれない。テロや不審船には自衛隊が対応するではないか。今の時代、日本のような平和主義国家に攻めてくる国家などありうるのだろうか?万が一ある国に侵攻されてもまず防衛し、国際連合に訴えるなどできるではないか。武力に武力では愚かな歴史の繰り返しだ。遠藤三郎の言葉、「軍備亡国」です。憲法第9条に誇りを持ちましょう。 | |||||||
今の現在の与党には決めてほしくない。今の与党も野党も信じられない。有事って戦争だけじゃないでしょう。戦争って所詮殺し合いでしょう。もっと戦争をなくすような努力をしてください。 | |||||||
有事法制は必要だと思います。ただし今回のように内容が曖昧なままでは賛成できないです。もし今の有事法制が国会でとうったとして、「有事の体制、状態は日本が判断する」と言っていますが日本とはいったいなんでしょうか?日本に住んでる国民の事なのか、それとも一部権力を持っている政治家の事なのでしょうか?もし、一部の政治家が判断をして日本が有事状態になるなら賛成いたしかねます。それは、国民をまったく無視している悪法だと思います。 | |||||||
必要ではあると思うが、もっと国民および日本国に住んでいる人間の安全をもっと見るべきであると思う。何かあれば国民は当然、協力すると思うが、それを強制することは埠頭であると思う。 | |||||||
某国に娘を拉致・拐取された家族に対して、なんら具体的な支援をなし得ない国には、国家防衛の資格などない。国は国家としての防衛を考える以前に、個々人の自助努力を尊重し、その自己防衛の努力をまずアシストせよ。 | |||||||
某近隣諸国をはじめ、日本に有事をもたらす可能性がある存在がある限り、日本国を守るための法整備は必要だと思う。ただ、必要だとは思うが、テロ・不審船・大型災害での適用が盛り込まれないのなら、法整備はしないほうがいいと思う。あとから追加改正ということはどうせ無いだろうから。 | |||||||
「有事」という曖昧な表現ではなく、「戦争」とハッキリ明示して議論するならともかく、「何が目的なのか?」の論点を誤魔化しながら成立させるのは大変危険だと思います。 | |||||||
政治家の意図が見えないので、有事法制に賛成も反対もしません。情報保護法にしろ、政治家や官僚の保身や権力拡大の意図が見え隠れしています。小泉内閣は今支持率が低下し、政治家、官僚のモラルも問われています。もし、有事法制に賛成するには、その政治家や官僚、国を動かしている方々が国民からの信頼を得てはじめて、有事法制に対する議論もあってはいいのではないでしょうか。大きなくくり(今回の保護法)としての法律は作らず必要な法律のみ(情報保護法も同じ)作ればいいのではないでしょうか? | |||||||
質問例えば、沖縄などの米軍基地がテロなどの攻撃を受けた場合、日本にとっては有事になるのですか?米軍基地だけが攻撃されるとは思えません。周辺の住民にも被害が及ぶと思いますが如何ですか? | |||||||
語るまでもありません。いつあるか分からない外国からの侵略に即時対応できる法律は絶対必要。個人的にはとりあえず1日でも早く制定してもらって、それからより適正な法律とするために議論し、改正を重ねていくべきだと思っています。 | |||||||
超法規的措置を取らぬために明文化が必要。 | |||||||
ここ数年、世界各地で活発な戦争がおこっており、ものすごく凶悪なテロもおきているという事実の元、もし、日本を標的にされた時に、警察官だけでは日本国を守れるはずもない為、国民を助けるという目的のためには、必要だと思う。ただ、今回の有事法制の中に、政府に従わなければ、罰則があるという風な事を聞いたのですが、罰則を作ってしまうと、昔の軍国主義国家に戻ってしまいそうな気がするので、内容の変更が必要とも思う。 | |||||||
到達する前に防衛するのが当たり前攻撃されてから反撃するのがおかしいのである。 | |||||||
危機管理体制の整備がなぜ悪い?ただもうちょっと議論はすべき。こういうものは早急に決めるべきではない。 | |||||||
あたりまえだろう。どこにこんなあたりまえなこと議論してるんだ。 | |||||||
自衛隊に守ってもらう国家なんだから円滑に動けるようにするのは当然。 | |||||||
現在の有事における超法規的な法制ではあまりにも民主主義に反するのでは? | |||||||
有事とは、国民の命・安全を守るものであり、反対派は感傷的な平和を唱えるだけで、いざ日本が何らかの攻撃を受けた時には武力をもって防ぐ以外どういう方法があるというのか。平和を維持し、武力で解決しないほうがいいのに越したことはないが、何の備えもなく国民の命が犠牲になるとすれば、政府の責任であることはいうまでもない。犠牲を最小限に食い止めるのが政府のつとめである。 | |||||||
今の、ままの、有事法制では、反対です。このままでは、不安です。私の理解するところでは、自分の家の庭で、戦争が、始まってしまったら、どうぞ使ってくださいと、さしださなければいけないということです。今まで私が、学校等で、学んできたことは、国や憲法は、国民の権利を守るものだということでした。そうゆう面から言っても、自衛隊も、ある部分では、憲法違反です。それすら国民の賛成も得ていないのに、この、有事法制は、賛成できません。もっと、国民の安全や権利を優先に、考えてください。 | |||||||
自衛隊が超法規的(必然的に超憲法的)に動くことを肯定するのは法治国家としての態度じゃありません。 非常事態に際してもシビリアンコントロールが守られねばならないのは当然のことであり、それを規定することに反対する人達のほうが謎。自衛隊がフリーハンドで動けたほうが良いというつもりでしょうか。 それから、戒厳令なりそれに準ずる法令がある事自体が戦争を招くというなら、まず戦車で学生を轢き殺すような国にこそ反対を叫ぶべきでしょう。 | |||||||
有事が起こってからでは遅い。「想定される有事」など無いと思います。想定出来ないからこそ「有事」と言うのだと思います。現在の日本は、北朝鮮などに核ミサイルまで向けられています。アメリカと同盟関係にある日本では、テロの危険性だって一般市民としては心配です。そんな状態の中で、現在の日本は余りにも無防備なのでは無いでしょうか? | |||||||
国家の基本的役割のうちのひとつに「国民の生命財産を守る」ということがありますが、具体的な「その守り方」を曖昧にしたままで放置していること自体が「国民の生命財産に対してリスクがある」であると認定しています。「必要ではない」などと言うのは暴論であり、非武装中立などという特殊な趣味を持つ一部の人が国民全体にその趣味を強制しているに等しい。 | |||||||
憲法9条で軍備を持たない、交戦権を捨てている。それなのに国民や国民の財産を徴用すること自体憲法違反だ。 | |||||||
自国が危機に晒された時になんの法律も整備していないほうが、逆に恐ろしいと思う。 | |||||||
国民の生命財産を守るために最低限必要.いままで無かったのがおかしい. | |||||||
内容を聞いても釈然としない。目的が国民の希望するものと故意に(!?)少しズレている気がします。(小泉内閣のその他の政策も同じ事がいえますけど) | |||||||
「もしもの時」に「何を」「どうする」か「していけない」のかを決めておくことは必要だとは思うが、今回のは一体何をしたいのかがよくわからない。今、必要なのは大規模上陸戦への対応よりも、大規模災害やテロに対してであって、そのための要綱を詰めるべきだと思う。 | |||||||
国際紛争について、超国家的な紛争解決機関が無い以上、自国の主権を維持するだけの整備を行う必要がある。 その整備をした上で紛争の未然の防止策を探れば良い。 有事法制を整える事と戦争回避を模索する事は矛盾しない。 有事はあくまで補充的なものである。 また、有事の際に国民の人権が制限される事は避けようが無い。 その際、法律の根拠も無く人権が制約される事態が一番危険である。 | |||||||
確かに有事法制は必要であると思う。しかし、今回の有事法制には納得いかない。まずもって、主権を制限すること自体がおかしいと思う。国家と人権を比べたときの問題だが、やはり人権のほうが重いだろう。所詮国家なんて人がいなければ成り立たないのだから、当然のことである。 | |||||||
土足で自分の家に入り込まれた時に身を守るのは当然のことです。今出演している、先生と呼ばれている人達は、そんな、簡単な事を何故か、難しく話そうとしている、国民は馬鹿ではない、舐めるなよ。 | |||||||
冷戦が終わりソ連の脅威はなくなったが、依然として極東を含むアジアのあちこちに戦争の火種があるのは明らかだから。
|