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6月1日 映画「明日の記憶」を観てきました。

午前4時10分の空は白んでいる。

この3月までは、深夜番組「虎の門」の放送を終え家に帰る時間。
夜の名残の中、明るくなりだした空に少しの後ろめたさを感じながら、家に滑り込んでいた。
4月から始まった早起き生活。
「虎の門」のときと同じ時間に外に出ているというのに、感じる空気は少し違う。
朝が起きだす気配に、隣家のバラの香りに、背中を押されるように車に乗り込む。

夜のしじま、朝の目覚め。
毎朝のことなのに、なぜかいつも新鮮な気持ちになるのは、
生まれたての朝を独り占めしているからなのかも。

近頃ご無沙汰していたこのページ。
筆不精な私ですが(スミマセン・・・)、
独り占めなんてもったいないほどの素敵な映画に出会いました。
「明日の記憶」という映画です。

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魂を感じた。

「明日の記憶」は若年性アルツハイマーを扱った映画。
原作に感動した渡辺謙さんが、映画化に真っ先に名乗り出たそうだ。
今回、主演とエグゼクティブプロデューサーを兼ねている。
その本気さは、この映画の成り立ちからも伺える。

広告代理店に勤める、佐伯(渡辺謙)はまさに脂が乗り切っていた。
仕事では大きな物件を抱え、部下に「バシッと行こうよ!」とケツをたたく。
妻・枝実子(樋口可南子)と築いた家庭も順調に、一人娘はまもなく結婚する。
そんな佐伯が、突然「若年性アルツハイマー」に襲われる。
通い慣れた道が分からない。
同僚の顔が分からない。
どこにいるのかさえ、分からなくなってしまう。
手で水をすくうように、記憶が手の間から零れ落ちるさまが痛いように伝わってくる。
自分が自分ではなくなる恐怖に襲われる佐伯に、枝実子は手を握り、こう言うのだ。

「わたしが、ずっと、そばにいます」

全ての記憶が消えていくとき。
それでも消えずにいるものが夕焼けに照らされ、
明日へと繋がっていくのだろうか。

一人娘が結婚式を挙げるシーン。
娘が嫁ぐ日まではと、
アルツハイマーが進行し、会社で降格の憂き目にあっても現役にこだわっていたのは、父の意地でもあるのだろう。
忘れないようにと、“謝辞”を紙に書いて何回も読み返す。
いざ本番の場面で、その紙がないことに気づき動揺する佐伯。
大丈夫よ、と小声で励ます枝実子。
佐伯は、一言一言を搾り出すようにして、話し始める。
言葉を生み出す苦しみがそのまま力となって、
後ろ手に枝実子の手を強くしっかりと握り締める。
「今日のことは一生忘れません。ありがとうございました」
最後の一言を言い終えると、会場は温かい拍手に包まれた。

あのとき、私たちも佐伯の手を、枝実子の手を握っていたのだ。
頑張れ、頑張れ。
祈りにも似たような気持ちで、ひっそりと、気づかれないように、握りしめていた。
「忘れません」という言葉は、涙よりも切ない。

アルツハイマーは、現在に近いことから忘れていってしまう。
さっき食べたこと、昨日話したこと。
1年前のこと、5年前のこと。
順々に自分の足跡を消すかのように、忘れていってしまう。
一人娘の結婚式のことも、初めての孫を胸に抱いたことも。
愛し支えてくれる人の存在すらも、やがては消えていってしまうということ。
ラストシーン、悲しみの中にも過去から明日へと繋がるシーンが映し出される。

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5月24日のスポーツ新聞に、
「渡辺謙、C型肝炎」の見出しが大きく載った。
白血病のときに輸血した血液に、C型肝炎ウィルスが入っていたのだという。
C型肝炎は、高熱が出ることもあり、安静にしていなければならない。
まさにこの時期、
病気に苦しみながら、役のために8キロも痩せるという無理をやってのけ、
主役とエグゼクティブプロデューサーとして
「明日の記憶」を作り上げたという。

信じられないほどの気力と情熱。
しかし、この日のニュースを見て不思議と合点がいったのは、
白血病、再発、復帰、C型肝炎という大変な日々を通して、
渡辺謙さん自身の「生きること」への情熱を、
直裁ではなくとも映画から感じ取っていたからだと思う。

映画の真剣さは熱のように伝播して、
試写会場は温かい空気に包まれていて、
観終わってすぐに話し始めたりすることが、野暮に思えた。
重いとも、真面目とも違う。
感動とも、愛情とも違う。
魂(たましい)を感じ、魂に呼びかける。

作り手の、気迫ともいえる「伝えたい」という気持ちを、
真正面から受け取った私は、
「よかった」とつぶやくのが精一杯だった。
映画を観た後の余韻は、その日が終わっても、
一週間経っても、消えなかった。
   
 
    
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