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Vol.88 「楓」(2009/11/23)


高校時代、女子寮で寝食を共にした9人の仲間。
先日、その一人が結婚した。
さばさばした性格にボーイッシュな顔立ちも手伝って、
後輩からの人気も絶大だった。

寮では、お互いを“さま”づけで呼ぶように決められていた。
先輩にも後輩にも対等に敬意を表するというその理念は、
今も受け継がれている。
カランカラン。
起床、登校、帰寮、消灯。
時刻に合わせて、“お主婦さま”と呼ばれる当番が鐘を鳴らす。
小ぶりだがずしりと重い、錫の鐘だった。


寮の階段にて

いつからか、寮生が結婚すると、皆でアルバムを贈るようになっていた。
それぞれが当時の写真を持ち寄って、メッセージを綴る。
どの写真を見ても、ルーズソックスに、短いプリーツスカート。
あの頃、“ボーイフレンドの通う学校の指定鞄を持つこと”が
一番のお洒落とされていたが、18時には揃って夕食をとる寮生には、
縁遠い話だった。

ダイエットスリッパの足音を忍ばせて、夜中にこっそりプリンを食べた。
献立がオムライスの日には、こぞって好きなアイドルの名前をケチャップで描いた。

目の前には、すっかり長くなった髪をまとめて、美しい花嫁が佇んでいる。

「あんなに寝起きが悪かったのに…こんなに血色が良くなって…」
寮生の一人がつぶやく。冗談めかして言ったのかと思いきや、涙ぐんでいた。
15歳だった私たちが、30歳。その間のあれこれは、今日は置いておいて。

パーティが終わると、誰が提案するでもなく、駅前の喫茶店にたどり着く。
「ねえ、ハンバーグ定食頼んでいい?」
「さっき散々食べたのに?」
オーダーを手早く取りまとめる人、メニューを凝視する人。
15年経ってもいつもの調子だ。
「…それにしても、幸せそうだったね」
来られなかった遠方の寮生に、夫婦の写真をメールで送る。

二児の母に考慮して、少し早めのお開きとなった。
「じゃ、またね」
「次は誰かな?」

何が起ころうとも、また、会える。


15年前の、新婦と私


(「日刊ゲンダイ 週末版」11月23日発刊)
   
 
 
    
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