前の記事を読む

次の記事を読む  

 
 

Vol.87 「ラストプレイ」(2009/11/2)


友人が、宝塚歌劇団を退団する。
宝塚市で過ごしたのは、中学生の時。
東京から転校してきた初日、
出席番号順でひとつ前の席に座っていたのが彼女だった。
高い位置できちんと束ねられたポニーテール。
豊かな毛先を、ふわりと揺らして振り返る。
大きな瞳で、いつも歌うように私を呼んだ。

家も近所で、よく一緒に登校した。丘の上の校舎まで、ゴルフ練習場を横切って。
制服のスカートを揃って短く折り曲げたり、指定ジャージのデザインを嘆いたり。
彼女のポニーテールを真似ようと髪を伸ばしてみたけれど、
猫毛の私には、到底似合うはずもなかった。
卒業して、彼女は地元の演劇科に進み、私は東京に戻った。
以来、宝塚へは一度も訪れていない。

歌劇団に入団したことを知ったのは、随分と日が経ってからだった。
幾度か東京公演を観に行った。
舞台の上の彼女は、いつでも光の中で強い意志を放つ。
ここが、私の場所。
全身で迷いなく表現する友を誇らしく思うと同時に、どこか気持ちがざらざらした。
自分には、言える?
ひどく不似合いなポニーテールを悟った時と、少し似ていた。


最後の公演は、どうしても本拠地で観たかった。
15年ぶりに訪れた宝塚。大劇場の裏手に広がる、川沿いを歩く。
橋梁を渡る小豆色の阪急電車。対岸には、かつて過ごした街並が佇む。



幕が開いて。
色彩が一斉に溢れ、いつものように、
心地よく異次元へと誘ってもらえるはずだった。
幾重にも散りばめられたスパンコール。艶やかなサテンドレス。虹色の羽飾り。
袖に下がるや、瞬く間に衣装も髪型も様変わりした彼女が、
目の前に現れては消えていく。
めくるめく変化を、何度も観てきたはずなのに。
今日は何だか別人のようだった。
いや、もうじき別の人になってしまう。
夢や憧れや、まばゆいもの全てを身に纏っているはずの。
別のところに行ってしまう。

ショーの終盤。
真紅のドレスで舞う娘たちの中、一人だけ異なるシルエットがよぎった。
絹のような、滑らかでまっすぐな髪。
あの時のポニーテール。
彼女だった。



(「日刊ゲンダイ 週末版」11月2日発刊)
   
 
 
    
前の記事を読む

次の記事を読む