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Vol.89 「また、いつか」(2009/12/14)


曲も小説も。
水紋がゆるやかに揺れるような、そんな終り方が好きです。
風が織る湖面は、静かになびく。

ご報告が遅くなりましたが、
去年の12月を以って、連載していたコラムが終了しました。
2004年から始まり、約90話。
三週間に一度のペースで綴ってきた雑記の、最終回です。



6年前に、この連載が始まった。
最初に綴ったのは、父のこと。
以来、社内のエレベーターでふいに話しかけられることが幾度かあった。
「…お父さん、元気?」振り返ると、大抵父と同世代の上司だった。
降り際に、ぼそっと「ゲンダイ読んでるよ」。
結婚式では、ゲンダイの愛読者である番組プロデューサーが
「本物のお父さんに会えたよ」と嬉しそうに言ってくれた。

2006年。その結婚式の前日、妹と観たレイトショー。
二人の間のキャラメルポップコーン。
闇の中、小さな手と大きな手と、日々が重なった。
2005年。韓流ブームのさ中、来日したぺ・ヨンジュン氏へのインタビュー。
事前には、母から何度も「失礼のないように」と連絡が来た。
「白いスーツでね」と、服装の指定付きで。

思いを、どこに届けたいのか。6年間考えて、まだ答えは見つからない。
例えば、通勤途中の駅の売店で。
黒、黄、赤の見出しが躍る日刊ゲンダイを手に取り、車内で紙面をめくり、
この記事に目をとめてくれる人がいたとして。
果たして、最後まで読んでもらえるだろうか。
かつて、追体験をすべく、
折り畳んだ新聞を片手にラッシュアワーの電車に乗ったことがある。
息苦しく、足元もふらつく中、自分の記事は熟読するにはやや抽象的すぎた。
次回からは、結論を明確に書こう。テーマを明示しよう。
決意を新たにしたところで、今度はそのための筆力が暗然と立ちはだかる。
言葉を選び、思いを束ねて、またほどいて。

駅の売店には、雑誌や新聞が所狭しとひしめく。一般紙、スポーツ紙、夕刊紙。
めくった中にはさまざまな記事があって。
この場所は、切り抜きにして約20cm四方。
車窓が映す景色のように、明確でも鮮やかでもなかったけれど。

電車は今日も走っている。
途中で降りて、また、いつの日か。




(「日刊ゲンダイ 週末版」12月14日発刊)
   
 
 
    
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