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Vol.81 「あかりとさんぽ」(2009/06/08)

売り場と我が家は異次元であることに、決まって後になって気づく。
引越しに伴い、家具を幾つか新調した。
細いスチールに台形のシェード。
店で見つけたいかにもモダンなテーブルスタンドは、
瀟洒なワイングラスのようだった。
だが、いざ搬入すると…。

その点、妹の家は明るいモダン調。
コーラルレッドのソファが鎮座するあのリビングには、きっと似合う。
「ねえねえ、照明に興味ない?」
唐突な問いかけに、
「…部屋に合わなかったんでしょう」と、冷静な応え。
「一度、見に来ない?」
何とか説得し、仕事帰りに来てもらうことになった。
インテリアに拘る、彼女のお眼鏡に果たして適うだろうか。

問題は、別の場所で生じた。
あっさり気に入った妹が、身丈ほどのスタンドを見上げながら、
「で、どうやって運ぶの?」
女性二人では、到底持てない。
現実的なのは、ワゴンタクシーで持ち帰ること。
だが、タクシー会社に電話しても「本日の受付は終了しました」。
そこに、タイミングよく帰ってきた夫。
「…歩く?」
妹の家は、自宅から歩いて約30分。
彼女には電車で先回りしてもらって、我々がスタンドを担いで追いかける。
「さすがに、それは目立つような…」
「もう暗いし、大丈夫じゃない?」

はたして街は、想像以上に明るかった。
0時前とはいえ、数十メートルおきのコンビニエンスストア、
信号、自動販売機。
照らされて聳える巨大なおかっぱ頭が、ゆらゆら国道沿いを漂う。
さながら江戸の町を練り歩く火消しまとい。
仕事帰りのお父さんたちも、すれ違い際に硬直、のち、凝視。
縦に掲げていたスタンドを慌てて横に持ち替え、ガードを潜り、
水道局を通り過ぎると、ようやくエントランスが見えてきた。

ピンポーン。
玄関が開くや、吹き出された。「巨大ななぎなた!」
早速、ソファの傍に置いてみる。
「やっぱり、こっちの方が似合うね」
「本物のお店みたいだね」
夜道も、また異次元だった。
「せっかくだから、ごはんでも食べてって」
妹の作ってくれたたまごチャーハンが、
新しいあかりの下で、ぴりりと光っている。



後日、再訪
すっかり馴染んでいました


(「日刊ゲンダイ 週末版」6月8日掲載 )
   
 
 
    
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