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Vol.82 「風鈴ボブ」(2009/06/29)

朝晩は、随分と秋めいてきました。
夏が終わる前に、すべり込ませて下さい。
久しぶりの新聞コラムです。

猫っ毛で丸顔。
髪質と骨格は、どう足掻いても変えられない。
でも、変えられなくても、カバーは出来る。
根元にパーマをかけて、コシのない髪にハリを出す。
茶色い地毛を黒く染めて、重みを出す―。
ハサミひとつで長年の悩みを解決してくれた美容師のヤマダさんとは、
かれこれ9年のお付き合いになる。
長さこそ変わるものの、ヘアスタイルの基本形は入社以来ずっと変わらない。

「今日はどうします?」
「ええと、冬支度のリスみたいに…」
まるで具体性のないお願いにも、笑顔で応えてくれる。
「どんぐり食べてないのに、ほっぺたが丸いですけど…何とかなりますか?」
「ヘアワックスで、顔周りに空気感を出しましょう」
しゃき、しゃき、しゃき。
刃の音は流れるように軽やかで、コンプレックスまでもそぎ落としてくれる。

髪を切りに行くのは、大抵、早朝勤務を終えた後の夕刻だ。
朝4時に出社して、仕事が終わるのがお昼過ぎ。
シャンプー、カット、パーマ、ブローで約3時間。
ガラス窓に西日がとろりと流れ出す頃には、決まってまどろんでしまう。
かくんかくんと揺れる頭にはっと目が覚めては、鏡越しに苦笑い。
「今朝も早かったんでしょう?」
「すみません…」

リスはとうに冬を越し、今や入梅。
半年ぶりに予約を入れて、お店の扉をぐいと開けると、
ドライヤーの温風と扇風機の冷風が、真っ白な店内をくるくるまわっている。
「蒸しますねえ」
「梅雨明け、いつでしょうねえ」
身も心も涼やかになるべく、思い切ってオーダーする。
「風鈴みたいなシルエットって…どうでしょうか?」
20cm以上、ばっさり切った。

外に出ると、19時前。
夏至を過ぎたばかりで、まだ明るい。
襟足は短く、日脚は長く。
首筋に、藍の風がりんと鳴る。


夏服ならぬ、夏髪


(「日刊ゲンダイ 週末版」6月29日発刊)
   
 
 
    
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