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Vol.65 「つなぐ」(2008/06/30)

ライブで好きなのは、曲と曲の間。
演奏はもとより、近況などを短く話す、そのひとときがいい。

「場をつなぐ」という表現はあまり好きではない。
仕事柄、スタジオではフロアディレクターから「つないで」の指示を受けることもある。つきたての餅を、両手で伸ばすように。そのたび、私はものすごく焦る。
文章で言えば、行間。合間の数秒だって、大切な時間。
すたりと心地よく、次へと降り立てたらと思う。

その日のライブでも、ボーカリストは天気のこと、引越しのことをとつとつと喋った。
身の回りのこと、最近のこと、世の中のこと。そして、ふと言った。


「あの容疑者、20年以上も生きてきて、一人も大切に思う人がいなかったのかなぁ」


6月8日。秋葉原で連続殺傷事件が起きた直後、現場へ向かった。血痕だらけの道路を走り、およそ冷静になれないまま、起きているありのままを喋り続ける。
惨状を目の当たりにした人たちへも、マイクを向けた。一瞬、怯む。喧騒に皆が取り乱す中、ずんと突き出すマイク。周りにも、記者たちのおびただしい数のマイク。
彼らより、もっと前へ。早く。何か。でも、何を?
自分が後ずさりしたら、何も伝わらない。背後から、カメラマンがぎうっと肩を押す。夕方ニュースのオンエアまでには、会社に戻らねばならない。限られた時間内に、どれだけの情報を集められるか。それが、やるべきことだった。

大切に思う相手がいなかったのか。
その人が悲しむ顔が、見えなかったのか。


あ、そういうことだ、と思った。
必死に喋った現場の状況も、向けたマイクから聞こえてくる声も。
命が奪われたこの事件自体に、正しい答えなど存在しないのだけれど。

日々の間にある答え、のようなもの。
その一言で、つながった。


(「日刊ゲンダイ 週末版」6月30日発刊)
   
 
 
    
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