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SportsCUBE (2000/05/20)
横浜Fマリノス 『決戦』 横浜Fマリノス 対 セレッソ大阪 三ッ沢球技場

 
【決戦】
横浜F・マリノス 対 セレッソ大阪
2000年5月20日 19:00キックオフ 三ツ沢球技場

ひたすら降りしきる雨。
激しく打ち付ける雨粒。
紙のノートなんぞ、最早何の役目も果たさない。
くたくたになったノートに、
それでもメモを取ろうとする端からインクは滲んでいく。
「せめて油性のペンを持ってくるんだったな。」
思わずひとりごちていた。
F・マリノスが90分以内で勝てば優勝。
普段より3倍はいるであろう報道陣。
記者席もごった返していた。
観客席を選び、ピッチをぼうっと見つめていると、
眼鏡にしがみついた無数の雨粒のせいだろう。
不思議なレンズ効果で、照明灯の灯りの中にピッチがくっきりと浮き上がり、
そして遠くに見えた。
決戦。
勢いを増す雨の中、
両チームの練習グランドを思いだしていた。

◆セレッソ大阪◆

大阪市の郊外にある「セレッソ大阪」の練習グランド。
その日、5月11日は快晴。気持ちのいい日だった。
萌え立つ芝の薫り。
鳥のさえずり。
目に飛び込んできたのは、
楽しそうに、何だかいとも簡単そうに、
俊敏に駆け回る一人の選手。
森島寛晃。
子鹿のようにぴょんと跳ね上がったかと思うとピタッと止まる。
マークについているDFを意識していないかのようにゆっくりトコトコ歩いているかと思うと、低い姿勢でいきなり逆の方向に走り出す。
たとえばあなたが鬼ごっこの鬼だとしたら。
ゆったりと歩いている森島選手の身体の寸前まで、
あなたは容易に近づく事が出来る。
でも、タッチしようとしたその瞬間にふっと交わされてしまう。
「逃げ足だけは子供の時から速かったかな。」
冗談交じり、笑顔で応える森島選手は、
広く知られているとおりとても腰の低い選手だ。
ただし、嫌みや計算は感じられない。
清々しささえ覚えるほどである。
その時今シーズン既に10得点。
得点ランキングトップにいながら、得点王絡みの質問を投げかけても
「いやあ、西澤選手がとってくれるはずですよ。
彼は素晴らしいFWですから。」
確かに西澤選手は素晴らしいFWだ。
だけれど。
もっと「自分が自分が」でもいいのではないかしら・・、
少しだけ思ってしまった。
ところがだ。
後の試合で、 その森島選手の言葉の意味が持つもの、
セレッソ大阪というチームの意味を、私は知ることになる。

◆横浜F・マリノス◆

5月19日曇りのち晴れ
東戸塚の練習グランドには、たくさんのファンが見学に訪れていた。
取材陣も多い。
明日優勝を決めるかもしれないチームにひときわ注目が集まっていた。
決戦を明日に控えたチーム。
さぞかしピリピリとした空気で張りつめているだろうと思っていたが。
拍子抜けするほどに和やかな選手達、その光景に、
逆にどことなく不気味な強さを感じたのは私だけであろうか。
一時間半は続けられた基礎練習。
選手達から時折こぼれる笑顔は、
屈託無くボールを追いかけるサッカー少年を思わせる。
ただし、どう表現したらよいのだろう。
(エスパルスの結果次第とはいえ)明日勝てば優勝という、
プレッシャーののし掛からざるを得ない状況の中で、
屈託のない表情?
それこそ凄まじく驚異だとは言えないか。
ボールを追う選手の姿がスローモーションのように見える瞬間がある。
瞬間でありながらとても長い。
サッカーをする。その事のみに邁進する、
何をも寄せ付けない切れそうな程研ぎ澄まされた純粋さと、
プロとしての経験によって刻み込まれた強かな大人の風格。
その両方が、一瞬という時間の常識を越えて交錯する。

突然取材陣の方に飛び込んできたボールがフェンスにぶつかり、
ガシャンという音をたてた。
明日、決戦。
胸が高鳴っていた。

◆決戦◆

2対3。
横浜F・マリノスは負けた。セレッソ大阪がF・マリノスの優勝を阻み、
自らの優勝の可能性をたぐり寄せた。
この日の森島選手の運動量には心底圧倒された。
サッカーは緩急のスポーツだといわれる
。 無駄に走り続けることは余計に体力を消耗させることになるので、
上手に動かなくてはならない。
たとえそれが定石としてもだ。
森島選手はそんなセオリーさえも超越していた。
先制したセレッソは、確かに引き気味でプレーする時間帯もあった。
とはいえ森島選手は走りに走っていた。
とにかくチームの為に。
その働きは献身的でさえある。
「西澤選手が得点王に・・」
笑顔で、それでも真剣に言い放った森島選手の姿がフラッシュバックする。
後半43分、森島はピッチから去った。
足がつった事を知ったのは試合が終わってからのことだ。

95ベストイレブン、フランスWC日本代表、
そして来月のハッサン2世杯日本代表でありながら、
肩書きなどものともしない。
チームのために走り続ける男。

5月27日第15節。
Jリーグ史上、関西勢初の優勝を、
彼らがもぎ取ることになるのだろうか。

 
萩野志保子のGrassWorld
  サッカー中継、「速報!スポーツCUBE」のサッカーコーナー担当。サッカーを愛してやまない萩野志保子が、Jリーグ・日本代表取材記はもちろん海外サッカーなど、萩野ならではという視点で綴っていきます。  
 
    
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