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Vol.12 (2005/07/20)  映画「ルパン」
 
 ■作品データ/
 『ロング・エンゲージメント』
 原作:モーリス・ルブラン
 監督:ジャン=ポール・サロメ
 
脚本:ジャン=ポール・サロメ&ローラン・ヴァショ
 
出演:
 ロマン・デュリス、クリスティン・スコット・トーマス、エヴァ・グリーン
 
配給:ヘラルド/2004/フランス/132分
 ※秋、テアトルタイムズスクエア・銀座テアトルシネマほか全国ロードショー
 ■『ルパン』

 http://www.herald.co.jp/official/lupin/
 

フランス・イタリア・スペイン合作の『ルパン』。
衣装という衣装、装飾品という装飾品のすばらしさといったら。
ベルエポック((古き)良き時代)のパリを再現するために37億円という製作費をかけ、宝飾品は「カルティエ」が全面サポートしているという本格の本格。
それはもうヨーロッパ力(ぢから)に敬服である。
ひれ伏したくなる気持ちは、例えばそんな絢爛豪華な貴族の衣装に対してだけに留まらない。アルセーヌ・ルパンの普段着、ピーコートにキャスケット、シャツとジレ(ヴェスト・ウェイストコート)との調和、ヒロインの身に付けている母親の形見のペンダントなど、装身具の類も含めた様々に対して沸き起こる。すべてが洋服の国の経験と認識に裏付けられている。
衣装を製作する側そして着る側、双方が熟(こな)れているからこその格好よさが眩しい。物語の鍵を握る「十字架」ひとつとってみても、すばらしく美しい。それはハリウッド製作のものとも明らかに違う。増してや、残念ながら洋服の扱いに関しちゃ日本はどこまでも新米に違いなくそれが仕方ないことだとつきつけられてしまう。

怪盗アルセーヌ・ルパンが21世紀に映画となって蘇った。

ルパンと聞いて思い浮かべるのは、日本人なら圧倒的に『ルパン三世』なのだろうと思う。かく言う私も子供の頃、赤いジャケットの方のルパンを楽しみにテレビの前に座っていた。学校に入る前の6歳から書き始めた日記帳が今も残っているが、「今日は月曜日。ルパン三世とキャンディーズの日だから嬉しいな。」とわざわざ書いているくらいだ。
そしてテレビという表立ったところとは別の場所で、学校に入って間もない頃、もうひとつの、黒いシルクハットに単眼鏡の怪盗紳士アルセーヌ・ルパンと出会った。赤ルパンとの出会いが、まんま鮮明な原色に照らされたものであったなら、黒ルパンとの出会いは、光の制限を受けた秘密めいたものだった、というのは、なんてことはない、そこが蔵の中だったからだ。

蔵は怖い。
少なくともそのとき私は子供だ。
父親の実家は三重県の田舎にある。映画に出てくるような古い日本家屋の屋敷で、江戸時代から続く大きな蔵があった。東京郊外に暮らすその頃の自分にとって、それは特別に物々しく、ただごとではない魅惑の場所だった。
そこにアルセーヌ・ルパンの全集があった。
江戸時代から続いていようが、その家の親戚たちにとって蔵はただの物置だったから、十以上離れた年上の従兄弟が読んだ「怪盗ルパン全集」が、江戸時代の提灯やわっぱ(当時の弁当箱)などの上に重ねて仕舞われていたというわけだ。

臙脂色の布張りで、字体のデザインの風情も相当に古かった。子供の私は、その「特別な字のかたち」を恐れた。けれど、恐怖を自覚するとどうしたって天の邪鬼になるもので、私はどうしてもそれが欲しくなり、せがんだ。
結果自分の部屋の本棚に並んだ布張りの背表紙は、更に怖さを増していた。
『813』だとか『奇厳城』の字の態が怖くて本を裏側に向けて仕舞った。
江戸川乱歩の少年探偵シリーズの時と同じように。

テレビの中のあの赤ルパンと、この黒ルパンは関係あるルパンなの?
という疑問を周りの大人に種明かししてもらったときのへんてこな気分が蘇ってくる。成長するにつれ、フランスの作家が創造した世界的有名人アルセーヌ・ルパンを「じっちゃん」にして三世の物語を漫画にしたモンキー・パンチさんはなんて洒落たセンスの持ち主なんだろうかと思うようになったわけだが。

それにしても、原題が『Arse’ne Lupin(アルセーヌ・ルパン)』であるのに対し、邦題は敢えて『ルパン』だ。
これはやはり、日本であまりにも有名な『ルパン三世』との重なりを肯定的に意識し決定した選択だということか。
小説で怪盗紳士アルセーヌ・ルパンに心躍らせた経験のある人も、「ふじこちゃ〜ん」な三世と切っても切れない間柄の人も、どちらも楽しめる作品に違いないと敢えて断定してしまおう。たとえば宮崎駿監督の『カリオストロの城』が思い出の作品となっている人。「カリオストロ伯爵夫人」、「クラリス」の登場に、「ああ、もともとそういうことなのか!」と膝を打つ快感があることだろうと思う。

フランスの俳優ロマン・デュリスが演じるルパンは完璧といっていい。それは、小説から浮かび上がった頭の中のかつてのイメージに似ているとか似ていないということで是非を問う次元にないから。最上級に魅力的。
特筆すべきは、立ち回りや拳闘姿に気品さえ漂わせてしまう姿勢の美しさだ。仕草という仕草が決まっている。
それはもう、羨望の脇にやむを得なく顔をもたげる嫉妬さえが頬を染めるくらいに。

◆近況報告◆
眼鏡愛用者としては、アルセーヌ・ルパンの「単眼鏡」にも涎です。
単眼鏡は、19世紀から20世紀初めのフランスの手工業品で、
’monocle(モノクル) with chain & ear hook’と呼ばれるものが有名です。
耳元から頬骨にゆれるチェーン、レンズを支える瞼のくぼみ、
道具と顔面が協力し合う一体感、落ちそうで落ちないアンバランスさが、
現代の眼鏡とは違うセクシーさを漂わせていると思うのです。
今回の『ルパン』のアルセーヌも、まさにこのタイプのゴールドモノクルをチャーミングに着用しています。
しかし。冷静になって根本的なことに気がつく。
彫りが深い彼だからあんなに決まるのね。
瞼が腫れぼったい私にはレンズが収まるような「くぼみ」がないもんねがめーだ。

   
 
    
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