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Vol.11 (2005/04/26)  映画「ロング・エンゲージメント」
「久しぶりに、映画のメルマガより転載させていただきます!
(写真は、まだ仔を産む前の母猫・ダータ」
 
ロング・エンゲージメント    萩野志保子
 

■作品データ/
『ロング・エンゲージメント』
監督:
ジャン=ピエール・ジュネ

脚本:
ギョーム・ローラン
出演:
オドレイ・トトゥ、ギャスパー・ウリエル、ドミニク・ピノン、 ドニ・ラヴァン、他

配給:
ワーナー・ブラザース映画/2004年/フランス/133分

※全国松竹・東急系で公開中

■『ロング・エンゲージメント』公式サイト

http://long-eng.warnerbros.jp/

大好きな映画の一つに、『ロスト・チルドレン』があります。
10年前でした。渋谷のスペイン坂を上がり一人見たのです。
夜更けの光景でもむこうから新芽の色が浮かび上がってくるような独特の色彩、
そして映像と見事に調和した音楽。
視覚と聴覚に訴える技芸の術に魅了されるばかりでした。
殊その音楽は、私の身動きを奪ったほどでした。
半音階を巧みに操り胸騒ぎを誘う旋律は、時にオルガンのみで、右手と左手の指の
タッチさえ見えてくる程あえて朴訥に奏でられます。
そもそも和声的短音階の不穏に惑うような響きに私は生け捕りにされていました。
それは幼少のとき、音感教育を受けていた頃のことです。
同じ短調の音階でありながら、第六音と第七音を半音高める旋律的短音階と、
第七音のみを半音高める和声的短音階の響きの大変な違いは、
たった半音=短二度がどれほど旋律の運命を握っているかを教えてくれていました。
そしてこの時映画館で私を生け捕りにしていたのは、その和声法という揺るぎない仕組みの美しさに敬意を払った上で操る技と能を持っている作り手だからこそ叶えられたに違いない、精神を揺さぶる霊的なまでの旋律でした。
私は憑かれたまま、サウンドトラックのCDを、レーザーディスクを手に入れました。

作曲家の名前は アンジェロ・バダラメンティ 
監督は、ジャン=ピエール・ジュネ

こんなにも長々とかつての映画の話をしたのには訳があります。

2005年『ロング・エンゲージメント』。彼らの映画を観ました。

第一次大戦で軍紀違反により死刑を宣告された兵士の生死を確認しようと婚約者が奔走するというストーリー。
『デリカテッセン』、『ロスト・チルドレン』、そして最も一般的に知られるその後の『アメリ』においても、ファンタスティックな映像演出が持ち味のジャン=ピエール・ジュネ率いる製作スタッフが、戦争を、戦争で引き裂かれる恋人を、どう描写するのでしょうか。

軍紀違反で死刑を宣告された5人の兵士のうち一人が、主人公マチルダ(『アメリ』のオドレイ・トトゥ)の婚約者です。
「彼が死んだところを見た人間はいない。彼は生きている。」
という信念のもとマチルダが彼を探しつづけるという恋物語を軸に、
戦争に対する嫌気、ろくでなしの権力、かけがえのない人との絆、誰かを守る心、隣人同士の寛容、暮らしへの愛情など、人間の生き方の様子が丹念に描かれます。

それはそれは際立った映画でした。場面場面の映像に精神が宿っているのです。
呻くしかありません。大変に心満たされる映画です。

戦争で引き裂かれる男女というテーマ、そして素晴らしい音楽、
となれば、『ひまわり』を思い出すという方が多いのではないでしょうか。
私にとっても大好きな映画の一つです。名作です。
ソフィア・ローレンの絶えながらもこみ上げる嗚咽の表情。あまりにも酷なひたすらに現実的な成り行き。そこにマンシーニの名曲が重なり観る者の号泣を誘う映画『ひまわり』。

しかし、表面上同じキーワードが浮かび上がるからといって、二つは全く異なる作品です。互いが比較の次元にない。

『ロング・エンゲージメント』の登場人物たちは、そうそう泣きません。
戦争に引き裂かれた20歳の二人。
婚約者を思い続ける彼女のひたむきさ、彼を探し出そうという言ってみれば「執念」は、物凄く強固に一途である反面、悲愴感に浸っていません。
どころか、淡々とさえ見えるのです。いや、見えるのではなく、あえてそう演出されているのです。
鮮やかな映像効果のセンスだけでなく、ジャン=ピエール・ジュネ監督の演出の秀逸さは、こういったところにもあるのではないでしょうか。
なぜなら、生死のわからない婚約者を探して今にも破裂しそうな思いを抱えながら、それでも淡々とした表情でいる、その「抑制」にこそ、切迫した気持ちが投影され心打たれるからです。

「彼を探し出す決意をしているのだから泣いてる場合じゃないし、そもそも泣く意味がない」という逞しさ。
「泣いてしまったら、彼が生きているという確信を否定してしまうことになる」という極限の決心。
気持ちを内に秘めた彼女の表情は、美しく清潔感にあふれ、勇ましく、そしてそれ程に、いじらしいのです。

最後に彼女が初めて涙を流す時が来ます。
ここで初めて私も、涙を赦された気持ちになりました。

涙が赦される理由は、どうぞ是非、劇場で確かめてみてください。
萩野志保子


◆近況報告◆
正直わざわざ言うことでもないのですが、私のカバンはとても重いです。
どれくらい重いかというと、先日たまたま右手にカバン左手に原稿という状態で、

左が仔(donna)、右が母(data)・・・母は粗雑なドンナに常に退き気味

仕方ないのでどうにか身体で扉を開けようと奮闘していたところ、
見かねたスタッフが手を差し出してくれたので「重いですよ」と言いながらもお言葉に甘えたところ、その男性がコントのように「重っ!」と片側によろめいたくらいなのです。
先日とても欲しいバッグを見つけたのですが、
店頭で荷物シミュレーションさせていただいたところ容量に無理がありました。
「何をそんなにいっぱい!減らせるはずですよ!」と店のお姉さん。
そうですよね、実は私自身も真剣に考慮し始めているんです。
なぜなら、鉄棒もしていないのに手にマメができている。マーメン

   
 
    
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